父親の相続対策から15年…今度は「母親の相続対策」が必要に
今回の相談者は、60代の鈴木さんです。15年前、会社を経営していた鈴木さんの父親が引退するタイミングで相続の相談を受けたことがあるのですが、今度は90歳の母親の相続対策の相談をしたいと、再びの依頼がありました。
鈴木さんの父親の相談を受けた時点では、資産価値の高い戸建て住宅と、預貯金や退職金などの多額の金融資産があったことから、高額な相続税がかかると想定されたため、自宅の住み替えをはじめとする、資産の組み換えを提案・実現しました。
広い戸建て住宅を売却し、夫婦2人でゆったり暮らせる、人気の高い駅から徒歩1分の好立地のマンションに住み替え、潤沢な預貯金を活用して賃貸用マンション2室も購入し、家賃収入が得られるようにしました。
対策を実現してから3年後、父親は亡くなりましたが、母親が「配偶者の税額の軽減」の特例を活かしたことで、相続税の納税は不要となりました。
自宅で転倒「ひとり暮らしは、おそらく無理でしょう」
「父が亡くなったあと、母親はお気に入り都会のマンションで、年金と家賃収入を得ながら、ひとり暮らしを満喫していましたが、先日、自宅で転倒してしまいまして…。まだ入院しています」
鈴木さんときょうだいは、母親の主治医の言葉を聞き、とても困っているといいます。
「年齢もあり、今後は車椅子になる可能性が高いようです。〈自宅マンションでのひとり暮らしは、おそらく無理でしょう〉といわれてしまいました」
鈴木さんは4人きょうだいの2番目で長女。いずれも60代の兄と弟・妹がいますが、全員事情により、母親の介護のための同居は難しいとのことです。
「今後を考えるなら、介護付きの老人ホームに住みかえてもらうのが、いちばん安心なのですが…」
母親所有のマンションは、価値の異なる3室、相続人は4人…
母親の主治医の判断では、退院しても自宅へ戻るのは難しく、万一戻れた場合も、車椅子で暮らすことになるため、お風呂やトイレのリフォームが必須とのこと。
「それなら、介護つきの老人ホームが安心です。その場合、将来の相続の準備をどうしたらいいのでしょうか?」
鈴木さんの母親が所有する不動産は、都心部の自宅マンションと、家賃収入を得ている区分の賃貸マンション2室の、合計3室です。自宅は、大手ディベロッパーが建設したブランドマンションで、父親が買った当時より1.3倍ほど値上がりしており、賃貸しているマンションの数倍の価値があります。現預金もありますが、不動産の価格の不均衡を埋めるほどではありません。この資産構成のままでは、4人いる子どもたちに均等に分割することはできません。
「きょうだいのだれかが母を引き取るなら、母のマンションを相続すればいいと思っています。しかし、4人とも事情がありまして…。私は夫の90代の両親と同居して介護していますし、妹もほぼ同じ状況です。兄と弟は、自分や子どもの健康に問題があって大変なのです。90歳の母が、あと何年生きるわけでもないと思いますが、それでも、本当に無理でして…」
「母には申し訳ないですが、みんな自分の病気や同居家族の問題で手いっぱいで〈相続を考えると、本当に面倒…〉と、きょうだいでため息をついています」
「空き家のまま維持」は、ぜひとも避けたい
また、自宅マンションは管理費と修繕積立金で、毎月6万円程度の費用がかかります。母親が老人ホームに入所した場合、これらの費用と固定資産税の合計100万円の費用をどうするのかという問題もあります。賃貸しているマンションの収入がありますが、母親の老人ホームの費用もあり負担は大きく、空き家のまま維持し続けるのは、ぜひとも避けたいところです。
自宅マンション内の母親の荷物を整理し、リフォームして賃貸に出すという選択肢もありますが、500万円を軽く超える出費となるうえ、将来の遺産分割を考えた場合、現実的ではありません。
筆者は、自宅を売却して2室のコンパクトな賃貸物件に買い替え、将来の相続に備えてはどうかとアドバイスしました。
近年では、立地のよいマンションの場合、新築時より価格が上昇するケースがしばしば見られます。このような状況がいつまで続くかはわかりませんが、分譲マンションの場合、立地や間取りを慎重に選べば、将来的に価値の上がる物件を購入することもできそうです。
自宅マンションを売却し、賃貸マンションを2室購入すれば…
母親が自宅マンションを売却する場合、利益の3,000万円までは控除される「マイホームを売ったときの特例」があります。自宅マンションは購入価格よりも1.3倍程度に値上がりしているため、特例が活かせないと譲渡税がかかってしまいます。
相続を見越した場合、自宅マンションを売却して、現在賃貸物件としているマンションと同じ程度の区分マンションを2つ購入すれば、4人いる相続人がそれぞれマンションを相続でき、評価の差も預金で調整してバランスを取ることができそうです。加えて、母親が遺言書で相続の内容を指定しておけば、手続きも簡単になり、きょうだい間で揉める心配もありません。
民事信託は必要か?
上記の説明をすると、鈴木さんは深くうなずいていましたが、加えて質問があるといいます。
「あわせて、民事信託の契約もしておいたほうがいいでしょうか?」
民事信託契約は、主に親の財産を子どもが預かるときに利用されており、近年では高齢の親の認知症対策の有力な選択肢となっています。これを利用する場合、契約の費用のほか、不動産を信託財産とする際に名義変更が必要となることから、150万円~200万円程の費用が発生すると想定されます。
「今回の鈴木さんのお母さまの場合、財産の内容を見る限り、しっかりされているうちに自宅を売却し、資産組替しておけば、あとは賃貸事業をサポートするだけで、大きな対策をとることなく乗り切れると思いますよ。遺言書の作成も必要ではありますが、ここで150万円~200万円の費用をかけた対策をしなくても、大丈夫だと思います」
打ち合わせに同席した提携先の司法書士から、このようなアドバイスを聞くと、鈴木さんは、ほっとしたようでした。
「老人ホームなどの入居先が決まったタイミングで、お母さまの体調を見ながら、速やかに対策を進めましょう」とお伝えすると、鈴木さんは「この件を、これからすぐ母親ときょうだいに共有して、手続きを進めるようにします」といって、事務所をあとにされました。
日本人の寿命が延びたことで、相続対策も長期戦で取り組むケースが増えてきました。ときには途中で方針変更したり、マーケットの状況を見ながらのフレキシブルな対応も必要になります。
社会情勢も、家族のスタイルも、ひとりひとりの健康状態も、刻々と変化しています。効果の高い相続対策を実現するには、「一度対策をしたらおしまい」ではなく、こまめに見直し、軌道修正する根気強さもまた、必要になるといえます。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。