今回は、被相続人から相続される財産(権利・義務)について見ていきます。※本連載は、弁護士・小池信行氏監修、吉岡誠一氏著『これだけは知っておきたい相続の知識―相続人と相続分・遺産の範囲・遺産分割・遺言・遺留分・寄与分から戸籍の取り方・調べ方、相続登記の手続・相続税まで』(日本加除出版)の中から一部を抜粋し、相続の基本的な仕組みや手続きなどについて、分かりやすく解説します。

積極財産だけでなく消極財産も含まれる

Q.どんな財産が相続されますか。

 

A.相続人は、相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。ここでいう財産には、権利(積極財産)のみならず義務(消極財産)も含まれます。

 

1相続される権利

どんな権利が相続されるのかですが、土地・建物などの不動産、家財道具・貴金属などの動産、預金・貸金などの債権、著作権・特許権などの無体財産権その他およそどんな権利も相続の対象となりますが、一身専属の権利だけは相続によって承継されないとされています(民法896条ただし書)。一身専属の権利とは、例えば、扶養を受ける権利であるとか生活保護法による保護を受ける権利(最判昭和42・5・24民集21巻5号1043頁)などのように、その権利の性質上被相続人だけが帰属主体であることが当然に必要とされるものをいいます。

 

それでは、以下に相続される権利に該当するかどうか問題があるといわれている主なものを挙げてみます。

 

⑴占有権

民法では、占有権は、「自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。」ものであるとされています(民法180条)。このように、占有権は、目的物の現実的支配を基礎として成り立っているものですから、これを強調すると、被相続人の死亡によって被相続人の占有権は消滅し、相続人がそれを現実に支配するに至って、初めて自己固有の占有権を取得するということになり、占有権の相続ということはあり得ないのではないかという疑問があります(裁判所職員総合研修所監修「親族法相続法講義案(七訂版)」(司法協会、2013)237頁)。

 

しかし、それでは、被相続人の死亡後、相続人がそれを現実に占有するに至るまでの間に、第三者が相続財産を侵害したとしても、相続人は占有回収の訴えを提起できず、また、取得時効についても、相続開始時までに被相続人のために進行してきた時効期間が継続されないなどの不都合な結果を生じます(前掲・裁判所職員総合研修所237頁)。この問題については、民法は別段の規定は設けていませんが、大審院の判例では、相続人が目的物を所持しなくても、占有権は相続によって相続人に移転するとされ(大判大正4・12・28民録21輯2289頁)、最高裁判所の判例もこれを踏襲して、被相続人の事実的支配の中にあった物は、原則として、当然に相続人の支配の中に承継されるとみるべきであるから、その結果として、占有権も承継され、被相続人が死亡して相続が開始するときは、特別の事情のない限り、従前その占有に属していたものは、当然相続人の占有に移ると解すべきであるとしています(最判昭和44・10・30民集23巻10号1881頁)。

 

占有権が相続されるとした場合、例えば、相続人がその占有物について取得時効を主張する場合に、自己の占有のみを主張するか、あるいは被相続人の占有を併せ主張するかの選択権を有するかという問題があります。判例は、民法187条1項は包括承継の場合にも適用され、相続人は必ずしも被相続人の占有についての善意悪意の地位をそのまま承継するのではなく、その選択に従い、自己の占有のみを主張し又は被相続人の占有に自己の占有を併せて主張することもできるとして、相続における民法187条1項の適用を肯定して取得時効の主張を認めています(最判昭和37・5・18民集16巻5号1073頁)。

 

また、判例では、被相続人の占有が他主占有であっても、相続人が相続開始によって新たに占有を開始し、その占有に所有の意思があるとみられる場合には、相続人は民法185条の「新権原」によって自主占有を始めたものと解されています(最判昭和46・11・30民集25巻8号1437頁)。なお、この判例にいう「他主占有」とは「自主占有」の対語です。所有の意思を伴う占有を自主占有といい、そのほかの占有を他主占有といいます。したがって、買い受けて占有するときは所有の意思がありますが、質権者又は賃借人として占有するときはこの意思はないことになります。

 

⑵借家権

借家権は、一般の財産権と同じように相続の対象となると解されています(好美清光=久貴忠彦=米倉明編「民法読本3親族法・相続法(有斐閣選書)」(有斐閣、第3版、1990)225頁)。

 

そう解すると、例えば、借家に賃借人である被相続人とともに住んでいた内縁の妻は、賃借人が死亡すると、相続権がありませんから(借家権は他所に住んでいる相続人に相続されている)、家主から退去を求められたときは家屋を退去せざるを得ないことになります。このため、学説の中には、借家権は相続の対象にならないという考え方に立って、内縁の妻が追い出されないような理論で問題を解決しようとするものもあります。

 

しかし、最高裁判例は、借家権も相続されるとの見解に立った上で、家屋賃借人の内縁の妻は、賃借人が死亡した場合には、相続人の賃借権を援用して賃貸人に対し当該家屋に居住する権利を主張することができるとしています(最判昭和42・2・21民集21巻1号155頁。事実上の養子につき最判昭和37・12・25民集16巻12号2455頁)。もっとも、この判例のような援用理論を採ると、被相続人に相続人がいなかった場合には賃借権が承継されないことになってしまいますが、その場合には、借地借家法36条により、内縁の妻が賃借権を承継することができることとされています。

 

なお、公営住宅法の適用を受ける公営住宅の使用権については、公営住宅法の目的、入居者の資格制限、選考方法など公営住宅法の規定の趣旨にかんがみれば、入居者が死亡した場合には、その相続人は、使用権を当然に承継するものではないとされています(最判平成2・10・18民集44巻7号1021頁)。

生命保険を受ける権利は「相続される権利」か否か?

⑶生命保険金

生命保険金を受ける権利は、生命保険契約に基づいて(被保険者の死亡により)発生するものであり、被相続人が一旦取得した上で相続されるのではないので、相続される権利には該当しないと解されています。場合を分けて考えてみます。事例は、保険契約で被相続人が自己を被保険者としているものです。

 

①被相続人が特定の相続人を受取人として指定している場合

例えば、「受取人妻○○子」とあるような場合は、受取人は、保険契約の効力として保険金請求権を取得するから、保険金請求権は受取人の固有財産となり、相続財産に含まれないとされています(大判昭和11・5・13民集15巻877頁)。したがって、相続放棄をした相続人も保険金請求権を失わないとされています。

 

②被相続人が受取人を単に「相続人」とのみ指定している場合

被相続人が、受取人を上記①の場合と異なり、特定の者の氏名を表示することなく、単に「相続人」と指定した場合には、保険契約者である被相続人の意思表示の解釈の問題であるとされています。したがって、それが相続によって承継されるべきものであるとみられると、相続財産とみなされますが、その指定が被相続人死亡時の相続人個人を指定しているとみられるならば、その相続人個人の固有財産となり、相続財産には含まれないことになります(前掲・裁判所職員総合研修所242頁)。判例は、単に相続人と指定していた場合につき、特段の事情のない限り、相続人の固有財産になるとしています(大判大正8・12・5民録25輯2233頁、最判昭和40・2・2民集19巻1号1頁)。

 

③被相続人が自分自身を受取人に指定していた場合

この場合には、保険金請求権は相続財産に属し、相続人によって相続されると解されています(前掲・裁判所職員総合研修所242頁)。

 

④被相続人が被保険者以外の者を受取人に指定している場合

この場合、受取人は相続人でないから、その受取人の固有財産になります。しかし、その受取人が被相続人より先に死亡した場合には、被相続人は受取人を再指定することができますが、再指定をしないうちに死亡したときは、受取人の相続人が保険金を受け取ることとされています(前掲・裁判所職員総合研修所同頁)。この場合の保険金請求権も、受取人として指定された者の相続財産に属するのではなく、受取人の固有財産となると解されています(大判大正11・2・7民集1巻19頁)。

 

このように、生命保険金を受ける権利は、保険契約に基づいて発生するものであって、被相続人が自分自身を保険金受取人に指定していた場合を除き、当該保険金は相続財産には該当しないということになります。しかし、これを相続と関係ないものとしますと、相続人のうちに生命保険金を受けた者がいる場合には、保険金受取人だけが特別に利益を受けることとなって他の相続人との間に不公平を生じます。そこで、これが民法903条の特別受益財産として持戻しの対象となるか否かが問題になります。

 

最高裁の判例は、死亡保険金請求権は、民法903条1項所定の特別受益には当たらないとした上で、保険金受取人である相続人と他の共同相続人との間に生ずる不公平が同条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、その類推適用により死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当であるとしています(最決平成16・10・29民集58巻7号1979頁)。

 

⑷死亡退職金

在職中の死亡により雇用関係が終了した場合には、死亡退職金が支給されます。被相続人の死亡退職金は、一般的には、被相続人の生前の労務の報酬(未払賃金)であるとともに、遺族の生活を保障する性格を持つものであると解されています。

 

ところで、死亡退職金は一般には法律の規定、就業規則その他の会社の内規によって定められており、その受給権者は民法の規定する法定相続人の範囲及び順位と異なっています。そこで、受給権者が法令で定まっている場合には、受給権者である遺族の固有の権利であると解されています。また、受給権者が法人の内規や就業規則で定まっている場合にも、受給権者である遺族は、相続人としてではなく、自己固有の権利として取得するものであり、相続財産には含まれないと解されています(最判昭和55・11・27民集34巻6号815頁)。

 

問題となるのは、受給権者が法人の内規で定まっていないような場合ですが、この場合には、死亡退職金支給の具体的条件に応じてその性質を決定するほかないと解されています(前掲・裁判所職員総合研修所243頁)。最高裁判所の判例に現れた事例には、死亡退職金の支給規程のない財団法人の理事会が、死亡した理事長の配偶者に対し、理事会の決議によって退職金を支給したというものがありますが、最高裁は、配偶者は相続人の代表者としてではなく、個人の権利として受給したものであると判示しています(最判昭和62・3・3家月39巻10号61頁)。

問題が指摘されている「慰謝料請求権」

⑸生命侵害による損害賠償請求権

被相続人が債務不履行又は不法行為によって取得した損害賠償請求権は、一般的には、通常の金銭債権ですから、その内容が財産的損害であると非財産的損害(精神的損害)であるとを問わず、相続の対象となると考えられています。

ア 財産的損害

人の生命が侵害された場合、被害者は死亡によって権利主体ではなくなりますから、生存していれば得られたであろう利益の賠償請求権を取得することなく、それが相続によって相続人に承継されることもあり得ないことになります。しかし、従来の判例・学説では、その理論構成は多岐に分かれていますが、被相続人の生命が不法行為等により侵害された場合、被相続人は、生命侵害による財産的損害に係る損害賠償請求権を取得し、相続人は、損害賠償請求権を相続するということについて、これを肯定しています。

 

①その1つ目の考え方が時間的間隔説といわれるもので、この説では、即死の場合でも、傷害と死亡との間に観念上時間の間隔があることを理由に、傷害の瞬間に被害者に損害賠償請求権が発生し、被害者の死亡によってその権利が相続人に承継されるとしています(大判大正15・2・16民集5巻150頁、大判昭和16・12・27民集20巻1479頁)。②2つ目の考え方が地位・人格承継説といわれるもので、この説では、相続を被相続人の法的地位・人格の承継と捉え、死亡によって生ずる損害賠償請求権は、相続人が原始的に取得するものであって、被相続人から相続によって承継するものではないとしています(大判昭和3・3・10民集7巻152頁)。さらに、③生命侵害を身体傷害の極限概念として捉え、被害者が死亡の瞬間に、実質上生命侵害に対すると同じ内容の損害賠償請求権を取得し、それが相続されるとする説などが見られます。この3つ目の考え方が極限概念説といわれています(前掲・裁判所職員総合研修所241頁)。

 

判例は時間的間隔説をとっているものと解されています(中川淳「親族相続法改訂版」(有斐閣双書、1988)218頁)が、近時の学説においては、損害賠償請求権の相続性を肯定する判例の立場に肯定的な考え方と、相続性を否定し、遺族固有の扶養請求権侵害による損害賠償請求権によって問題の解決を図るべきであるとする考え方があるようです(松原正明「全訂判例先例相続法Ⅰ」(日本加除出版、2006)234頁)。

 

イ 精神的損害(慰謝料)

慰謝料請求権については、問題が指摘されています。それは、精神上の苦痛があるかどうかは人によって異なり、慰謝料を請求するかどうかは、本人の意思で決めるべきものですから、本人が慰謝料請求の意思を明らかにしないうちは、慰謝料請求権は一身専属の権利であって相続されないのではないかという疑問です。また、被相続人が自動車事故によって即死した場合には、死者は権利を取得できないので、被相続人は損害賠償請求権を取得していないのではないかという疑問もあります。かつて裁判例は、精神的苦痛に対する慰謝料請求権は一身専属権であるから、被害者が生前に請求の意思表示をして現実化した場合に限り、通常の金銭債権になって相続されると解されていました(大判明治43・10・3民録16輯621頁)。したがって、即死の場合には、常に相続の問題を生ずる余地がなかったとされています。

 

これに対して、慰謝料請求権を一身専属的に解することに反対し、被害者が生前に請求の意思表示をしなくても、慰謝料請求権は当然に相続されるとする考え方が主張され、最高裁判所の裁判例も、被害者が生前に請求の意思表示をしていなくても相続の対象になるとしています(最判昭和42・11・1民集21巻9号2249頁)。これに対し、慰謝料請求権は本来一身専属的なものであるから、相続性を持たないとして、被害者の近親者は、民法711条により近親者自身の固有の慰謝料請求権をもって賠償を求めるべきであるとする考え方も主張されているとのことです(前掲・裁判所職員総合研修所241頁)。

 

2相続される債務

被相続人の債務その他の財産的義務も原則として相続人に承継されます。債務には様々なものがありますが、例えば、売買契約に基づいて建物を引き渡す義務のように不可分の債務については、どの相続人もその履行をする義務を負うことになります。これに対して、金銭債務(借金)のように可分の性質を持ったものについては、債務は、相続の開始と同時に、法定相続分に応じて各相続人に承継されます。したがって、債権者は、各相続人に対してそれぞれの相続分に応じて支払を求めるほかなく、特定の相続人に対して債務の全額の支払を請求することはできないとされています(最判昭和34・6・19民集13巻6号757頁)。

 

上記裁判例のような考え方に対し、債権者の利益を重視すべきであるとする立場から、可分の債務であっても、これを不可分ないし合有の債務とみるべきであるとの考え方もあります。

 

このように、債務の相続については、一般的に肯定されていますが中にはその相続性が否定されるものもあります。それでは、保証債務が相続されるかどうかについて、みてみることにします。

 

金銭消費貸借上の保証債務や賃貸借上の保証債務などの通常の保証債務は相続によって承継されるとされています(大判昭和9・1・30民集13巻103頁)。これに対して、雇用契約上の債務を保証する身元保証のように特に個人的な信頼関係を基礎とするものは相続されないと考えられています(大判昭和2・7・4民集6巻436頁、大判昭和18・9・10民集22巻948頁)。

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