老後が見えない若手社員にDCの必要性は伝わらない
今回は、ある会社がどのようにDC制度を導入していったか、また、社員たちがどのように受け入れていったかについて、事例をお話ししたいと思います。
長野県東部の小諸市にある千曲運輸株式会社の中嶋社長がDC制度を導入したのは、2年半前。それまで加入していた長野県トラック協会で運営する厚生年金基金が解散したために、それに替わって、社員たちの老後を支える資金の制度のしくみづくりをしなければならなかったのです。
中嶋社長が、そのとき考えたのは、「破綻しない」「安定性がある」「導入するならサポート体制のしっかりしたコンサルタント会社に頼む」この3点だったと言います。
これらの条件を踏まえた上で、厚生年金基金に替わる制度として最も優れていると思えたのが、DCでした。社員自らが責任を持って運用でき、増やすも減らすも自分次第。もしも減らしたとしても、元本保証の商品を組み入れておけば、ゼロになることはありません。
もちろん、所得税や社会保険料が削減されるメリットもあります。ただ、中嶋社長が社員に勧めたかったのは、運用性ではなく貯蓄性でした。貯め続けるだけならば、元本割れが生じるリスクもありませんし、破綻することもありません。毎月決めた額をコツコツと貯めていくことで、20年後、30年後に退職して老後を迎えるにあたって、「老後の生活資金の足し」にできます。
けれども、導入時に従業員説明会や各人のシミュレーションなどを行ったものの、管理職クラスからはじまって、社員1人ひとりが、DCの利点をなかなか理解できませんでした。
20代から30代と若い世代のドライバーに「今後どうなるかわからない年金のための対策だ」と説明しても、「大丈夫ですよ。ちゃんと貯金しますから」「1カ月1万円くらいの積み立てなら、そんなに意味ありませんね」と右から左へと流されました。
そもそも老後の暮らしがどのようになるのか、彼らには想像がつかないうえ、導入を決めたのがちょうど景気の悪い時期だったということもあります。何十年先のお金のことよりも目先の生活に目が向いてしまうのは、仕方のないことかもしれません。
中嶋社長は、加入するのも加入しないのも社員の意思にまかせる選択制から、まずははじめることにしました。
加入者は17人。総従業員数は70人ですので、ほぼ4分の1です。最低拠出額は1万2000円でした。それだけでも、社会保険料は、確実に下がっているはずでした。
ほとんどの加入者は、給与明細を見ても振込み額を確認するだけです。ですから、これまでとほとんど変わらないので、実感がわかないようでした。
実際には、あらかじめ想定したよりも社会保険料が下がらない社員もいました。保険料の額を決定する、いわゆる算定期間に残業が重なり、給与が多くなってしまったからです。拠出分の1万2000円を拠出しても、想定したとおりに等級が下がらなかったのです。
長く利用することで実感する「DC制度の貯蓄性」
導入から2年が経った今、加入者数は17人と変わっていません。
しかし、はじめのうちは給与明細の振込み額しか見ていなかった加入者からは、このような声を聞くようになりました。
「思ったよりも貯まるんだ」
1カ月、2カ月ではわからないですが、それが2年経ち、24カ月分となると、貯蓄されているのが目に見えてきて、これを続けるだけで確実に大きなものになると、社員は実感しはじめているようです。
「おれは、これを倍に増やす」と豪語する社員まであらわれました。そのような加入者の声を、他の社員たちも聞いています。そういう彼らは、DCのよい点も悪い点も聞きながら、DCを身近に感じはじめています。
そこで、中嶋社長は、基金の精算が終了し社員たちにも返戻金が振り込まれたのを機に、各社員の選択の幅を継続しつつ、社員全員が加入する全員加入型に移行することを決めました。
会社の拠出額は役職に応じて1万円か1万5000円。中嶋社長は、言います。「社員1人ひとりが真剣に老後を考え、自分たちでそれに備えてほしい。そのカンフル剤を注入したつもりです」
そこではじめて加入する社員たちも、月日が経てば、最初に導入したときに加入した17名と同じように「意外に貯まるね」と感じるようになることでしょう。
そのようなタイミングで、会社の掛金だけでは、税金面や社会保険料の削減メリットがないことを教えると、「じゃあ、どうすれば税金や社会保険料も安くなっていくのか」と興味を示すようになるので、税金や社会保険料が安くなるしくみを詳しく説明する。そのようなやりとりを地道に繰り返しつづけることで、社員だけでなく、その家族にも、DCへの理解を深めてもらうのです。
浸透するには、時間がかかるでしょう。けれども、じっくりと構えてのぞめば、よいものはよいとわかってもらえるはずです。そして、千曲運輸株式会社にDCが浸透すれば、社員や家族に安心感をあたえるだけでなく、なかなか人材が集まりにくい、地方都市にある会社のリクルーティングにも役立ってくるのではないか。中嶋社長は、期待しています。