退職金を準備するのは簡単ではないが…
ここで、DCを導入した場合の会社のメリットをまとめてみましょう。
①社会保険料が安くなる
②将来に向けての退職金引き当てリスクが減り、経営が安定する
③福利厚生が充実した会社との評価を得られる
④優秀な人材を獲得でき、定着率のアップが期待できる
DC制度の導入で、社会保険料が安くなることは、前回で紹介しました。では、退職金債務がかさんで業績を圧迫することを憂慮して、DCを導入した結果、会社経営が安定した例を紹介しましょう。
私にとって、長い付き合いになる会社の一つに、化学工業品の専門商社X社があります。X社は、創業から80年を超える老舗会社です。
X社では、往年、25年勤めたら25カ月分を支払うといった、従来の典型的な退職金制度を導入していました。退職金の共済には入っていなかったので、経営者保険を利用し、退職金の支払いを行っていました。
将来の退職者の数を想定して、10年後にはいくら、20年後にはいくらと、たくさん退職金が必要なタイミングに合わせて、解約返戻金のピークがくるように保険をかけるのです。その頃は、保険料を全額、損金で落とせる商品が数多くある時代だったからです。
この様な歴史の長い会社は、退職金を退職引当金として引き当てている場合が多いのです(会社が別途積み立て)。ところが団塊の世代が大量に定年を迎えるにあたり、大きな負担が会社経営を圧迫し出し、少しでも負担を軽減しようと、大手企業も次々と退職金制度を見直したり、廃止したり、DC制度を取り入れたりしていきました。
社長曰く、「私の会社で、30年勤め上げた人に支払っていた退職金は、1200~1300万円。退職者が多い年は、年間で数千万ものお金を準備しなければならず、ボーナスを減額するなどして、切り抜けてきました。業績が芳しくなかったときには、退職者にお願いして、3年分割で支払ったこともありましたね。それくらい、退職金のやりくりは、大変なんです」
と、X社の社長。
彼も、迷いに迷いながらもついに、退職金制度を廃止しDC制度を導入する決断をしました。勤続年数の長い人たちの退職が一段落し、若い社員が増えてきたことで、期間的に余裕ができたタイミングに、思い切って導入したのです。
会社と個人の両者に利益をもたらすDCの導入
従来の退職金制度では、退職金の額を約束しているので、足りなければ会社が追加で補填しなければなりません。自己都合で辞める人にも50%は支払うことになっており、こればかりは、いつ発生するか予想がつきません。業績のよいときはよいのですが、社長は常に、「退職金をどう捻出するか」に悩まされてきたのです。
DC制度を導入することで、そういった心配はなくなりました。年間の必要経費は、保険料を支払っていた以前とさほど変わらないのですが、税制上のメリットが大きいのです。退職金のために積み立てている養老保険の2分の1は損金ですが、残りは資産とみなされ、税金がかかるからです。DC制度では、会社が拠出する分は全額、損金扱いとなり、税金はかからないのです。
何より、将来的な長期債務がなくなったことが、会社にとって本当によかったと、X社の社長は安堵の思いを吐露しています。それは、社員の給与やボーナスにも反映するものなので、結局は、従業員にとっても大きなメリットということです。
「そうは言っても、従来型の退職金の方が社員にとってはよいはずでは?」と思う会社員は多いでしょう。ちょっと見方を変えてみましょう。
経営に苦労している経営者であれば、従来型の退職金制度を続けるとき、退職金の算定基準(退職金は、基本給×◯カ月で算定することが多い)である基本給を、できる限り抑えたいというのが本音でしょう。実際に、新入社員から定年間近のベテランまで、基本給は一律10万円に設定している会社もあるくらいです。基本給があまり上がっていかないのには、こういった裏事情もあるのです。
X社の社長は、できる限り従業員の不利益にはならないようにしたいとの思いから、従来の退職金制度の対象者には、制度廃止前日までの分を会社都合の退職金として100%支払い、全員でDC制度に移行。丁寧な説明と誠意を持った対応で、社員も納得してくれたそうです。
X社では、役職によって金額は変わりますが、会社負担分はMAXで1万5000円。掛金上限の5万5000円から会社負担分を差し引き残った枠のなかで、個人が自分の拠出金額を選べる選択制のDCを取り入れています。
X社の社長は言います。
「会社の利益、個人の利益の両方を考えなければなりません。それを叶えるのが、DC制度だと思いますよ」