メンバーの内発的動機づけを行わない限り、組織は変われない
「メンバーの動機づけが大切である」「メンバーの内発的動機を引き出すマネジメントが重要である」という点について、異論のある方は少ないのではないかと思います。モチベーション高く、生き生きと元気に働いて欲しいと、部下を持つ方であれば思うはずです。
しかし、いざ職場を見渡してみてください。内発的動機から、主体性を持って仕事に取り組んでいるメンバーは、どれほどいるでしょうか。メンバーのモチベーションを高めながらも、業績目標を達成することに、難しさを感じている方は多いのではないかと思います。
モチベーションが先か、業績目標が先か──中には、こんなジレンマの中にいる方もいるかもしれません。
しかし、私たちは断言します。「モチベーション、内発的動機づけに本気で着手しない限り、組織は変わらない」。
まずはとある組織で起きたエピソードをご紹介します。
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【事例:コンサル会社から解決策を得るも「社内の抵抗勢力」に阻まれ…】
N社は老舗メーカー。市場は既に飽和状態で、数年前から売上は低下し続けています。
そのことに危機感を覚えたN社は、突破口を開こうとし、著名な戦略コンサルティング会社(Z社)に解決策の提言を依頼しました。Z社が、綿密な市場分析や競合分析等を行った結果、今すぐ取り組むべきと結論づけたのは次の3点でした。
・営業活動に協力会社を活用すること
・営業活動の協力先となる具体的な社名一覧
・成果に至るまでの3つのステップ
この内容に、N社の社長は大いに満足した様子でした。また、同席していた営業本部長のS氏も、Z社の担当者に感謝の意を示していました。
しかし、それから半年…営業のしくみは、まるで変わっていません。社長はS氏に度々「Z社からの提言はどうなっているのか?」と確認しますが、社長にとって納得のいく回答は戻ってきませんでした。
そんな時、S氏は、元同期入社で、今は別の会社で活躍している友人から尋ねられます。
「実際のところ、どう思っているのか?」
すると、S氏は、赤裸々な本音を漏らしました。
「うちは何でも自前主義の文化なんだ。営業という重要な行為を外部委託するなんて…理屈はわかるけど、実際はムリな話だと思う」
S氏の本音は、まだまだ続きます。
「何より、これまでの営業担当者たちはどうなるんだ? 外部委託すると、彼らの業績が奪われることになる。そうなると、当然、苦情があがってくるだろう。その矢面に立つのは自分だ。その辛さを、社長はわかっていない。それにもし営業の外部委託が失敗したらどうなる? そうなる確率は低くない。でも、社長は『Z社のプランが悪かった』とは思わないだろう。十中八九『営業本部長の責任だ』と私に失敗の責任を押しつけるだろう」
「だからこそ…」とS氏は力を込めて話しました。「今のままのやり方がいいんだよ。もう少し皆が本気になれば、何とかなるはずだ」
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「戦略の上質さ」よりも「キーパーソンのモチベ」が重要
いかがでしょうか。似たようなエピソードに接したことはありませんか?
このエピソードにおいて、変革のキーパーソンは営業本部長のS氏でした。しかし、S氏は、どこまでも批評家に留まっています。困難を乗り越えてでもZ社の提言を実行するほどのモチベーションや当事者意識は、持ち合わせていませんでした。
Z社の提言が適切なものだったのかは、わかりません。ただし、組織変革の視点から見ると、戦略の妥当性以上に、変革のキーパーソンであるS氏に対する動機づけが不十分であった点を重く受け止める必要があります。
このように、戦略がいかに上質なものであったとしても、外から与えられたものは実行される確率が低いことは、これまでの記事でもお伝えしてきました。では、一体それはなぜなのでしょうか。2つの観点から考えていきます。
戦略が実行されない理由①組織の各要素が「不一致」状態だから
■組織変革とコングルーエンスモデル
組織変革を考えるうえで、「コングルーエンスモデル」がとても役に立ちます。これは、ナドラーとタッシュマンが、1977年に経営戦略と組織行動学を統合したモデルとして提唱したものです(図表1)。
このモデルは、組織を変えようと奮闘している経営者や事業リーダー、変革の実務に携わるコンサルタントたちが「そう、まさにこの通り!」と断言するモデルで、簡潔でありながらも、骨太な示唆を与えてくれます。
このモデルの見方を簡単にご紹介します。組織変革は「外部環境の変化」から始まります(①)。まず外部環境が変化し、組織は従来のままでいると成果を出せなくなります。
新たな外部環境に対応するためには、新たな戦略が必要になります(②)。さらには、その新しい戦略を実行するために、それに合った業務プロセスへの変更も必要です。新たに構築された業務プロセスを実行していくためには、それに適合した人材、組織構造、組織文化が必要になっていきます(③)。
なお、Congruence(コングルーエンス)とは「一致している状態」を指します。
「外部環境」「戦略」「業務プロセス」「人材」「組織構造」「組織文化」の各要素がうまく一致してはじめて、一番右にある「成果」が出ることになるわけです(④)。
フレームワークに詳しい方はお気づきかもしれませんが、このモデルは、マッキンゼーの7S(図表2)と類似点が多くあります。「7S」モデルの優れている点は、変えることが容易な「ハードS」と、すぐに変えることが難しい「ソフトS」を分類していることです。
このことを前提としたうえで、組織変革の実務から「コングルーエンスモデル」をあらためて検討していきます。
事例をもとに考えていきます。組織が置かれている主たる外部環境の変化として「デフレ」が挙げられるとします。
この時にとるべき戦略の典型は「効率化による低価格戦略」です。
そのための業務プロセスの肝となるのは「役割分担」と「業務の標準化」。それらを実行するのは、流行りのフラット型の組織よりも、古典的なピラミッド構造の組織のほうが適合します。
組織文化としては「組織内のムダを排除することの徹底」が大切ですし、人材としては、創造性にあふれて次々に改善提案が出せる社員よりも、与えられたタスクを間違うことなく着実に実行する能力を持った社員が求められるでしょう。
このように外部環境の変化に対応し、各要素の足並みが揃うことで成果を出す組織へと変わっていけるはず…なのですが、一連のプロセスについて、もう少し掘り下げていきます。
■組織変革において「変わりやすいもの」「変わりづらいもの」
多くの企業では、外部環境が変化した時にとるべき戦略は、外部から与えられます。本稿冒頭のケースのように外部のコンサルティング会社であることもあれば、経営企画室や社長直下のプロジェクトとして、実行が命じられることもあります。いずれにしても、自分たちのチーム・事業部から見れば「外」から突然やってきたものということに変わりはありません。
この状態について、コングルーエンスモデルを使って整理すると図表3のようになります。
図表3には、コングルーエンスモデルが3つ並んでいますが、一番上は外部環境が変化した様子、真ん中が戦略を外から与えられた段階です。
与えられた戦略に対して、それに適合するような業務プロセスへと変更を加え、それを実行するのに適した組織構造へと変更しようとします。業務プロセスを見直し、組織構造(組織図)や人員配置を再検討する──これらは、マッキンゼーの7Sにおける「ハードS」です。これらを変えるのは、比較的容易に行えます。
しかし、実務を考えた時、ここから先は一筋縄ではいかないのは明らかです。
もし、この企業が、アップルのような「圧倒的価値のある新製品を生み出すこと」に重きを置く文化を培っていたとしたら、どうでしょうか? それは「効率化による低価格戦略」とは、真逆に位置する文化です。また「圧倒的価値のある新製品を生み出すこと」は、一朝一夕で成せるものではありません。
社員たちが飽くなき探求を通じて、数多くのトライ・アンド・エラーをくり返した結果として「圧倒的価値」は生まれていきます。そうした文化に慣れ親しんだ社員たちにとって、新たな戦略と整合した「組織内のムダを排除することの徹底」を大切にする文化は、息苦しさを感じずにはいられないことでしょう。
人材についても同様です。今まで、圧倒的価値のある新製品を生み出すことに全力を注いできた社員たちを、急に「与えられたタスクを間違うことなく着実に実行する能力を持った社員」に変えることなど、できるのでしょうか。
ここでもう一度、図表3に戻ります。一番下の図は「組織文化」と「人材」が、その他の要素との不一致を起こしています。これでは、どれだけ素晴らしい戦略だとして、実行されることはありません。そして、実行されない限り、組織が変わり、成果を出すことは不可能となってしまいます。
■組織変革は「変わりづらい部分」から取り組もう
今、例に出した戦略は真逆のものでしたが、ここで議論したいのは、それぞれの良し悪しではありません。それ以上に大切なのは、組織の各要素が「一致しているかどうか」です。
そして「一致させること」を第一に考えた時、どうすればいいかは明らかです。組織の中で、変わりづらい部分から先に手を打つことです。具体的には、「組織文化」と「人材」に、最初に着手していくのです(図表4)。
「戦略」を先に立てるのではなく、まず、外部環境の変化を共有し、メンバーに意識を向けてもらいます。そうすると、自ずとメンバーのモチベーションは高まり、当事者意識を持った組織文化が育まれていきます。
このように、まずは組織文化と人材の変容を促します。
ここがうまくいくと、メンバーは自発的に、外部環境にあった「戦略」を構築します。それを実行する中で、徐々に「戦略」「業務プロセス」「組織構造」といった各要素のコングルーエンス(一致)が形成されていくでしょう。
そして最後には、新しい外部環境においても、素晴らしい成果が出ることになります。
「そんな夢のような、都合の良い話があるわけがない」と思われる方も多いかもしれません。しかし、実は非常に有名な企業変革の事例「ガースナーによるIBMのV字回復」は、まさにこの通りに実行されたのです(詳しくは本書第4章で解説)。
【実行されない理由②】現状維持バイアス
■人は、「より良い未来」さえも拒絶し、現状維持を選ぶ
続いて、私たちが「戦略」よりも「動機づけ」を重視するもう1つの理由を紹介します。「現状維持バイアス(Status Quo Bias)」という認知バイアスをご存知でしょうか。
これは、1988年に、サミュエルソンとゼックハウザーが提唱した人の認知の特徴のことです(図表5)。
「現状維持バイアス」は、私たちが「知らないことや経験したことがないことを受け入れたくない」と感じる傾向を持っていることを明らかにしました。つまり、私たちには「より良い未来」さえも拒否して、現状を維持しようとする無意識の働きが存在するのです。
本書3章でも、人が持つ認知上の特徴、認知バイアスについて紹介しました。私たちには、新しい景色を見に行くことを嫌う性質があります。「現状維持バイアス」も、背景のメカニズムは似ています。
人は本能的に、未知のものに対して恐れるメカニズムが働いています。かつては、知らないことや未経験のことの向こうには、切り立った崖、激しい水の流れ、猛獣、毒入りの食物といった、死につながるリスクが待っていたことも影響しているのでしょう。認知バイアスは、これほどまでに根深く私たちの行動・決断を制限しているのです。
■現状維持バイアスを持った人を、どう動かすか
図表5のイラストでは、非常に重たい荷物を、それを引っ張る人と押す人の二人組で運んでいます。車輪に相当するものが四角いため、地面を削ることになり、その抵抗に相当苦労しているようです。
見かねた三人目の人物が、車輪という素晴らしい解決策を手渡そうとしています。
しかし、この二人組は「必要ありません」「私たちはとんでもなく忙しいので、そんなことにかかわってはいられない」と言って、それを拒否します。より良い未来が目前にあるのにもかかわらず、現状を維持する決断をしているのです。
この構図は、何かに似ていると思いませんか?
そうです。本稿冒頭で紹介したエピソードにおける、外部のコンサルティング会社(Z社)からの営業外注化の提言です。
実行の当事者である営業本部長のS氏にとっては、営業の外注化は「経験したことのない未知なるもの」。それを実行したらどんなに素晴らしい未来が待っていようとも、S氏はその可能性には目を向けず、現状を維持しようとしていました。
人は強固な「現状維持バイアス」を持っています。そのため、多くの場合、合理的・理性的に決断し、行動できるわけではないのです。
この事実を理解しない限り、「変わらなければいけない」と危機感を抱いたトップと、「変わりたくない」と無意識のうちに望む現場メンバーの間の溝は深まるばかりでしょう。それでは、組織変革を実現するどころか、組織の破綻も起こり得るのです。
【著者】西田 徹
バランスト・グロース・コンサルティング株式会社 取締役
【著者】山碕 学
バランスト・グロース・コンサルティング株式会社 取締役
【監修】松村 憲
バランスト・グロース・コンサルティング株式会社 取締役
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