「上質な戦略」よりも「社内の内発的動機づけ」が重要
戦略の良し悪し以上に、社内メンバーが自ら考え、それを実行することこそが成果につながると、くり返しお伝えしてきました。社内の内発的動機づけこそが重要である理由は、心理学の研究からも明らかです。ここでは特に、3つの心理学の理論を紹介します。
1. 自己決定理論:行動変容を変革へとつなげる
まずご紹介するのが、エドワード・L・デシの自己決定理論です(図表1)。
彼の著書『人を伸ばす力――内発と自律のすすめ』(新曜社)から、重要なフレーズを引用します。
人は自らの行動を外的な要因によって強制されるのではなく自分自身で選んだと感じる必要があるし、行動を始める原因が外部にあるのではなく自分の内部にあると思う必要がある
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この部分は、外から与えられた「戦略」が実行に移されることはなく、成果につながらない理由を端的に示しています。どれだけ優れた「戦略」であったとしても、それが外から強制されたものである限り、行動変容には至りづらくなります。
成果は、一人ひとりの行動変容から生まれます。そして、行動変容を生み出すきっかけは、一人ひとりの内発的動機にあるのです。
さらにデシは、人が行動を変えていくうえで以下の3つのポイントが重要だと述べています(図表1)。
①は、先に述べた通り、外から与えられた「戦略」が実行されない理由に該当します。
ただし、自己決定だけでは不十分です。ガースナーが行ったように、高いランクを持つ人が、初期のサポートを与え「うまくやれている」という実感を持てた時、変革の力は大きくなっていきます(②)。
さらに、それをチームで行うことが大切です(③)。戦略的組織開発のプロジェクトは通常15や20名といったチームを編成して行うことになりますが、チームで取り組んでいくことで、変革をチームから部署、部署から組織へと広げていくことができるようになるのです。
2. 成人発達理論:メンバーの能力を引き出す
2つ目にご紹介するのは、書籍『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版)で有名なハーバード大学のロバート・キーガンが提唱した「成人発達理論」です。
古くから心理学では、幼児の発達理論について研究されていました。しかし、キーガンらの研究により、人は成人になってからも発達が続くことがわかってきました。そのモデルを示したのが「成人発達理論」です(図表2)。図表2にあるように、成人の知性は主に3つの段階に分かれ、時間と共に成長します。
ただし、全員が最後の段階にたどり着くわけではありません。むしろ、その大半が環境順応型知性に留まるとされています(キーガンの研究によると、アメリカにおいて7割弱の成人が環境順応型知性以前に留まるそうです)。「自己変容型知性」を身につけることができる人は、きわめて少数です。
●環境順応型知性:指示を待ち、外部(組織等)に依存するチームプレイヤー、忠実な部下として振る舞う
●自己主導型知性:自分なりの羅針盤と視点を持ち、自律的に問題を解決する
●自己変容型知性:問題を発見すると共に、複数の視点と矛盾を受け入れる。人は相互に依存する存在だと理解し、自己変容と他者変容を同時に取り組んでいく
キーガンは「それぞれの知性の段階は、その前の段階より明らかに優れている」「知性のレベルが高い人は、レベルが低い人より高いパフォーマンスを発揮する」と述べています。実際に、キーガンが定義する知性のレベルの高さと仕事の能力のあいだに明らかな相関関係が存在することが書籍の中で定量的に示されています。
これまで、多くの経営者が考えてきた「優れた戦略を外から与えて実行してもらう」のが響くのは、どの知性を持つ人たちでしょうか。それは、環境順応型知性を持つ人たちに対してです。
しかし、従業員が環境順応型知性の段階のままで、本当にいいのでしょうか。
質問を変えると、今のビジネスにおいて、どのような知性が求められているのでしょうか。
変化のスピードがゆるやかだった時代であれば、マネジャーも部下も、前例踏襲のやり方をしていれば十分でした。むしろ、良きチームプレイヤーとして組織や上司に忠実なビジネスパーソンこそが、力を発揮していたのです(環境順応型知性)。
しかし、激動のVUCAの時代、今までと同じようなやり方を続けているだけでは、組織に未来はありません。
だからこそ「自己主導型知性」「自己変容型知性」が求められるのです。
経営者がメンバーに期待するのも、そういった知性を発揮することではないでしょうか。
「自己主導型知性」の持ち主は、自分なりの視点と羅針盤を持っています。言い換えれば彼らは「内発的な動機づけ」を大切にしているのです。だからこそ、彼らの力を最大限に引き出すためには、内発的動機にアプローチするのが得策なのです。
メンバーが自分の知性を育み、高いパフォーマンスを発揮して欲しいと願うのであれば、「内発的動機」に基づいた行動を支援する発達指向型の取り組み(内発的動機づけのアプローチ)を提案します。
3. プロセス指向心理学:本気の対立を“組織を変える原動力”に
内発的動機に基づいて戦略が生まれ、それがたくましく実行され始めると、何が起きるでしょうか。そう「対立」です。
内発的動機に基づいているので、それぞれが本気です。そして、その本気の「対立」にこそ、組織を変える潜在的な可能性(組織を変える原動力ともなる大きな力)が眠っているのです。
それを扱えるようになる知性こそが「自己変容型知性」です。この知性を持つ人たちは、複数の視点・矛盾を受け入れることができるようになります。
そして、こうした知性を実現するうえで効果的なのが「プロセス指向心理学(プロセスワーク)」の手法です。
組織が変われない3つの理由のつながりが、見えてきたでしょうか。3つの観点に横断的に取り組んでいくことで、組織は真価を発揮していけるようになるのです。
【著者】西田 徹
バランスト・グロース・コンサルティング株式会社 取締役
【著者】山碕 学
バランスト・グロース・コンサルティング株式会社 取締役
【監修】松村 憲
バランスト・グロース・コンサルティング株式会社 取締役
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