「繰下げ受給=必ずお金が増える」わけではない
ただし、年金繰下げ受給には次のようなデメリットがあるため注意が必要です。
1. 税金や社会保険料の負担が増える
前年の所得によって納付額が決まる所得税や住民税、また国民健康保険料、介護保険料といった社会保険料は、繰下げ受給して年金が増額すれば、その分納付額が増えることがあります。
たとえば、65歳以上で公的年金以外の収入がない方は、所得税は年金収入が158万円以下なら非課税※1です。住民税も同様におおよそ155万円以下※2であれば非課税です。それ以上の年金受給額になれば課税の対象になります。
※1 たとえば、年金を158万円(①)受給すると、「公的年金等に係る雑所得」の控除では110万円以下はその額が控除できるので0円(②)。また基礎控除は48万円(③)。したがって158万円(①)-110万円(②)-48万円(③)=0円。非課税となる。
※2 金額は自治体ごとに定められているため、各自確認が必要。また、住民税の基礎控除額は43万円。
また、国民健康保険、介護保険の保険料や、病院での診察や介護を受ける際の自己負担割合も所得によって決まるため、こうした負担額も増える可能性があります。
したがって、繰下げ受給をするとたしかに年金の受給額は増えますが、手取り額も同様に増えるとは限りません。
2. 加給年金や振替加算が受け取れなくなる
「加給年金」とは、Aさんのように厚生年金加入期間が20年以上の老齢厚生年金受給者にBさんのような配偶者(65歳未満)や子ども(18歳未満)がいる場合に支給される年金のことです。これはAさんの「老齢厚生年金」に加算されます※。
ただし、Bさんが65歳になり自分の年金を受給するタイミングで停止になります。
※ 配偶者の加算額は39万7,500円(令和5年度の額)。
また、「振替加算」は、昭和61年(1986)4月1日の時点で20歳以上の方が対象です。上記の加給年金受給者の配偶者(Bさん)が65歳になると、配偶者の「老齢基礎年金」に生涯加算※されます。
※ 加算額は、配偶者が昭和36年4月2日から昭和41年4月1日生まれは1万5,323円(令和5年度の額)。生年月日により受給額は違う。
加給年金は繰り下げて受給はできないので、もしAさんが老齢厚生年金の受給を繰下げて、その期間中に、配偶者のBさんが65歳になったら、Aさんは加給年金の受給資格を失うことになります。
また、Aさんが66歳から老齢厚生年金と加給年金の受給申請をした場合、老齢厚生年金は繰下げた1年分増額されますが、加給年金は増額されません。
加給年金も受給したいのであれば、「老齢厚生年金」は本来の65歳から受給し、「老齢基礎年金」だけ繰下げ受給するのも一案です。
一方、振替加算も、Bさんが「老齢基礎年金」を繰下げ受給する場合、受給開始までの期間振替加算はできません。その後、受給開始となっても、増額は「老齢基礎年金」にのみ適用され、振替加算分は増額されません。
なお、加給年金、振替加算とも、原則配偶者(Bさん)が20年以上厚生年金に加入していると受給の対象外となります。
「繰下げ受給」を決断する前に確認したい4つのポイント
筆者はA夫妻に、「繰下げ受給を決める前に確認しておくこと」として次の4つ※を挙げました。
1. 繰下げ期間中(=年金受給前)の支出(生活費など)を、貯蓄や他の収入などで確保できるようにしておくこと。
2. 「特別支給の老齢厚生年金」については、繰下げ受給できない。受給できる年齢になったら別途申請し、受給すること。
3. Aさんが仮に75歳まで繰下げて年金を受給する計画で、不幸にも71歳で亡くなった場合、Bさんの請求に基づきAさんが65歳時点の年金額(増額されていない本来の金額)が一括して「未支給年金」として支払われること。また、請求した時点から5年以上前の年金は時効により受け取れないこと。
4. Bさんが遺族厚生年金を受給する場合、受給額はAさんの65歳の老齢厚生年金の受給額で計算されるため、Aさんが繰下げ受給した分をBさんの受給額に反映することはできないこと。
※ その他、在職老齢年金制度により支給停止される額、障害年金との調整などの詳細は、日本年金機構の「年金の繰下げ受給」を参照のこと。