後継者候補である息子は別の専門医の道に・・・
資金問題と後継者不在は、地方の医療機関の承継においてよく問題となります。本事例も、その典型例といえます。
譲渡側法人となったA会は長年、地域で貴重な専門医療を提供してきましたが、理事長も高齢となり、事業承継を考えていました。後継者の第一候補となる息子さんがいましたが、首都圏で別の専門医の道に進んで活躍しています。また、長年の様々な事情で法人には借入金がありました。
【図表】事例概要
<事例詳細>
1.譲渡側の視点
譲渡側のA会は、北海道内の中心部で脳神経外科を中心に医療を提供していた医療法人です。地域に必要な病院として、長年順調に経営を続けてきました。理事長には息子さんがいましたが、経営や労務管理等を担うことを好まず、首都圏で歯科医として独立し、後継者の不在が決定的となりました。財務的には相応の蓄積がありましたが、様々な理由で法人から理事長への貸付金も膨らんでいる状況でした。
このような事情を以前からよく知っていた顧問会計事務所が、理事長に対してM&Aという選択肢があることをアドバイスしたことが、M&Aのきっかけとなりました。
2.譲受側の視点
譲受側のB会は、道内で複数の病院と首都圏でクリニックを運営している有力法人です。こちらも、当社の提携先である会計事務所の顧問先でした。
当初より医療機関を買いたいという強いニーズがあり、A会とのM&Aを実行することになりました。今回のM&Aで総病床数1,000床に迫り、このM&A後、関東において病院と訪問介護事業提供会社をグループに加え、さらに事業を拡大している成長法人です。
M&A後、商号変更によって業績は右肩上がりに
3.M&Aコンサルタントの視点
本事例が比較的スムーズに進んだのは、全く偶然ながら、譲渡側と譲受側が旧知の間柄であったということが一つです。譲渡側は、早い段階から譲受先としてB会の名前が挙がったことに本当に驚いたようでした。
また、B会のオーナーとのお付き合いを通してわかったことは、オーナーが素晴らしい「人間力」をお持ちだということです。何よりも、この「人間力」でA会オーナーのハートをガチッとつかんだのでしょう。中堅・中小病院のM&Aを推進していく上で、「ハートをつかむ=信頼感を得る」ことこそが、非常に重要な要素であることがよくわかる事例でした。
4.まとめ
M&A成約後に、非常に興味深いことをお聞きしました。M&Aの商談においては、譲渡側から様々な条件が提示されます。よく挙がる条件の1つに、「商号変更の一定期間禁止」があります。M&A後も、一定期間は名前を変えないということですが、今回も例外ではなく、条件に含まれました。一般的には、あえて費用をかけて長年親しまれている商号を変更することはあまりなく、譲渡側、譲受側ともに大きな問題にはなりません。
ところが、今回はM&A後かなり早い段階において、A会の現場サイドから「新しいスタートを切るために商号(病院名)の変更をして欲しい」という声があがりました。その声は現場からだけでなく、あらゆるところから聞こえてくるようになりました。そこでA会を承継したB会のオーナーは、A会の前オーナーの許可を得て、「現場で働くみんなで相応しい商号を新たに考えて、それに変更するように」との指示を出しました。
商号はほどなく変更され、地域から親しまれるようになりました。しかし、その後さらに驚くことが起こりました。新体制になってから業績が右肩上がりに伸び始めたのです。
M&Aにより、A会の組織そのものが変わった結果でした。かつての理事長同様、現場の従業員も自分が所属している組織の行く末を心配していたのでしょう。「理事長先生にもしものことがあったら、病院はどうなるんだろう?」「その時は私たちはどうなるんだろう?」という不安をなんとなく無意識に持っていて、従業員の皆さんは積極的な行動を打ち出せなかったのでしょう。
そうした不安を解消し、未来に希望を持って仕事をしてもらう環境を築いたA会の前理事長は、トップとしての最後の仕事を立派に果たし、従業員に祝福されての素晴らしいハッピーリタイアを実現されました。