今回は、病院から「介護老人保健施設」を切り離して成功したM&Aの事例を紹介します。※本連載は、株式会社日本M&Aセンターの医療介護支援室長、谷口慎太郎氏の編著『病医院・介護施設のM&A成功の法則 改定新版』(日本医療企画)の中から一部を抜粋し、具体的な事例をもとに、病医院・介護施設のM&A成功の法則を解説します。

ポイントとなったのは「行政手続き」と「補助金」

医療法人全体を譲渡するのではなく、一部の施設を譲渡したいというご相談が、昨今、増加してきています。その多くは、人的なマネジメントを含めた労務負荷の軽減を目的としたものが多いようです。本事例は、病院と介護老人保健施設の事業譲渡の事例ですが、行政手続きと補助金という、2つの注意すべきポイントがあります。

 

【図表】事例概要

 

<事例詳細>

1.譲渡側の視点

昭和40年代後半に、関東甲信越地方に位置する広域医療法人E会の兄弟病院として、中部地方に設立されたのが精神病院E病院でした。E病院の院長は、E会理事長の義理の兄が務めてきましたが、年齢が70歳を超えており、E会本体から今後も継続して医師を供給することが難しいとの判断もあり、E病院と介護老人保健施設Oの2施設をE会本体から切り離し、地元で安定的に経営することができる医療法人に譲渡することを決断し、E会理事長から、直接当社にご相談がありました。

 

2.譲受側の視点

譲受側の医療法人F会は、関東で100床規模の慢性期病院を経営していました。人工透析等を行うなど、1億円以上の高収益を上げる病院でした。理事長は、これまでにもいくつかの病院を再生してきた手腕があり、年齢も50歳代半ばということで事業規模を大きくしたいというニーズがありました。関東から中部という遠隔地であるため、人的なサポートも含め何度も検討を重ねましたが、医師や事務方の派遣の目途もつき、本格的に熱意をもって取り組んでいただくことになりました。

医療介護施設の事業譲渡における重大な2つの注意点

3.M&Aコンサルタントの視点

本事例は、M&Aコンサルタントとしては非常に難易度の高い事例となりました。問題となったのは、事業譲渡契約を締結した後のことです。正式に事業譲渡契約を締結した後に、行政に病床移転の相談をする流れとなりました。一般的に、病院の病床や老健施設の入所数というのは、総量規制がかかっており、都道府県単位でその総量が定められています。つまり、病床の権利を勝手に右から左に売買するということは禁止されており、特別な事象が発生する場合において、都道府県に個別に相談し、許可を得るという流れなのです。

 

まず、譲受側の医療法人F会には、関東から中部に進出するために、広域医療法人の申請を行うことで中部に受け皿をつくりました。その上で、これまでE会が運営していたE病院と老健施設Oの開設許可の廃止手続きを行い、同時に新たな運営者となるF会が、E病院と老健施設Oの開設許可認可を取り付けるという手続きを行うこととなりました。私たち医療・介護M&A専門チームではこれを「廃止&開始スキーム」と呼んでいますが、実際の手続きは簡単なものではありません。

 

実際、行政においてこの手の承認を行うのは、年に数回と事前に定められており、その時期に合わせて大量の書類を提出し、かつそれらがすべて認められなければ、開設許可がおりるということにはなりません。タイミングを調整することが非常に難しいのです。

 

また、医療介護関連施設の事業譲渡において、大きく注意すべきことが2つあります。それは「既存不適格」と「補助金」です。まず、既存不適格というのは、かつて病院や介護施設を建築した時点においては行政の指導基準において適格であった、建物の廊下の広さや面積、その他設備の機能性が、現行の基準においては、不適格となってしまう場合のことです。

 

今回のケースであれば、E会がこれまで通りE病院と老健施設Oを運営している限りにおいては、行政は適格としてその運営を認めていました。しかしながら、新たに運営者(=開設者)がE会からF会に変更となった時点で現行の基準が適用となり、不適格となってしまうのです。当然ながら、不適格となっている施設を黙って見逃す行政はありません。

 

次の注意点が補助金です。特に介護老人保健施設に関しては、建築時に補助金を多額にもらっているケースが散見されます。開設者である医療法人そのものの経営権が移転する場合においては、これらは問題になりませんが、事業譲渡スキームで開設者が変更となる場合においては、補助金の返還を求められる可能性が非常に高いのです。

 

そして本事例においてもこの既存不適格問題と補助金の返還をいかにクリアするかが、最大のポイントとなりました。

 

4.まとめ

既存不適格問題については、行政担当者から今後の設備投資計画に関する資料を求められました。当社と、譲渡側、譲受側の3者で協働して計画書を作成し、行政に提出することで、問題となっている機能性をクリアすることができました。

 

また補助金については、譲渡側であるE会が補助金受領時に圧縮記帳を行い税金を一度支払っていたことから、本件においては返還額は株価の一部として認識し、譲受側であるF会が最終的に負担することで決着しました。

 

これらに加え、病院や老健施設の廃止&開始においては、行政への提出資料に非常に細かい床面積や容積の計算を求められることがあります。病院や老健施設の開設年次が古ければ古いほど、当時の資料が失われていて提出が困難となるケースもあります。本事例においては、最後の最後で施設を建築した当時の事務長とお会いすることができ、提出資料の作成について協力していただけたことも助けとなりました。

 

また、譲渡後にF会から新しい院長となる精神保健指定医を送り込むことで、従前の院長は安心して退任することができたとのことです。

本連載は、2015年10月15日刊行の書籍『病医院・介護施設のM&A成功の法則 改訂新版』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

病医院・介護施設のM&A成功の法則 改訂新版

病医院・介護施設のM&A成功の法則 改訂新版

谷口 慎太郎

日本医療企画

M&Aが経営を変え、地域の医療・介護の未来をつくる! 進展する超高齢社会は、日本の社会構造をはじめ、医療・介護の経営環境を変貌させる。 2025年に向けて、人々の安心と安全な暮らしを守るために、経営者がくだすべき判断…

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