医師を頂点に形成されるヒエラルキー
「医療法人と事業法人(株式会社等)」の違いについてよく質問を受けます。大きくは、前段で述べた通り「類型と開設主体の多さの違い」や、規定されている法律(医療法と会社法)の違いなどが一般的な回答となります。多数出版されているほかの解説書にも、そのあたりは細かく触れられています。
しかし、当社が実務を通して感じる「違い」は、もっと異なる次元にあります。大きくは、「ヒエラルキー」と「メンタリティ」の2つであると理解しています。技術的な違い云々の前に大前提となる「ヒエラルキー」と「メンタリティ」というものが一般事業法人とは大きく異なっていることをきちんと理解していないと、病院M&Aを実施する当事者も、M&Aアドバイザーとしても、うまく成功に導けません。
まず「ヒエラルキー」というのは、文字通り「階層性」です。一般事業会社も階層社会といえばそうですが、病院のそれは少しニュアンスが違います。一般事業会社は社長・役員・部長・課長・平社員がいます。これも縦社会、階層社会です。この階層社会に加えて、医療法人における大きな「違い」は、医療法人が「資格者の集団」であるということです。
医療法人、特に病院には多くの資格者がいます。看護師、臨床検査技師、放射線技師、理学療法士、作業療法士等の多くの国家資格者が従事しています。そして、極めつけが「医師」です。当然ながら、医療法人の理事長は原則として「医師」であり(昨今は「医師」ではないケースも増えていますが)、院長は100%「医師」です。つまり、「医師」である理事長や院長はこれらの「資格者集団」の頂点に立つ存在です。組織の長としての顔と資格者の頂点としての顔、2つの顔があります。
「資格者集団」には多少なりとも「徒弟文化」の傾向がつきものです。「技術的な上席者や先輩に対する尊敬の念が強い文化」といえるでしょう。病院の後継者問題をM&Aで解決しようと考えるとき、精神的にも技術的にも尊敬されるヒエラルキーのトップに立つ経営者兼技術者が交代する、ということになります。一般事業会社に置きかえれば、経営者とともに技術・営業・多岐分野に渡る担当役員が一挙に引退するのと同じインパクトがあるのです。
地域住民の尊敬を集める「名士」
そしてもう一つ、「メンタリティ」に関する特徴です。ここでいう「メンタリティ」とは「地域における存在感」を指します。医療法人の理事長や院長は、地域における「名士」であることが大半です。お金や権力という意味での「名士」ではなく、長年にわたって地域医療に貢献し続けてきた尊敬されるべき本物の「名士」です。
今は少なくなりましたが、20年ぐらい前までは土日であろうとも、休診日であろうとも、そしてどんなに夜遅くとも、身を粉にして急患の家まで駆けつけてきてくれる先生がたくさんおられました。
さらに地域密着型の医師は、専門科目でなくても病気やケガを診てくれるゼネラリストの医師が多く存在しました。当然ながら、住民の健康や生活に直結する「医療」に従事する医師たちは、一般事業会社とは大きく違い住民に与える影響も大きければ、尊敬の念を集めていることがほとんどです。
以上のように、「ヒエラルキー」と「メンタリティ」の2点は、M&Aにおける「医療法人」と「一般事業法人」の大きな違いです。当社が病院M&Aの仲介を行う上でもっとも重要視している部分です。
【図表 ヒエラルキーとメンタリティ】