情報漏えいは売り手側の大きな損失に
秘密保持は、当事者はもちろんのことM&Aに携わるすべての者に課せられた義務で、M&Aを実施する際の前提条件です。
M&Aが実施されると、利害関係者(出資者、理事、監査役、従業員、取引先、取引金融機関等)に大きな影響を与えることになるので、交渉中に情報が漏れると利害関係者からさまざまな要望やクレームをつけられたりして、交渉の妨げになります。最悪の場合は頓挫せざるを得ないといったことにもなりかねません。それだけに、少なくとも当事者間で基本的合意ができるまでは、機密が漏れないよう徹底した情報管理体制を敷くことが必要です。
機密保持は売り手、買い手双方にとって大切なことですが、機密が漏れ、しかも案件が成約に至らなかった場合は、特に「売り手」にとってはその影響は甚大で、金融機関や取引先等からの信用が失墜し、健全な法人でも極めて厳しい状況におかれることにもなりかねません。
譲渡保証がないM&A・・・秘密保持契約の締結が不可欠
秘密が漏れてしまった場合の問題を、具体的に見ていきましょう。
M&Aは譲渡法人のオーナー理事長にとって大きなメリットがあることは、ここまでに述べてきた通りです。最終の手取り額は清算と比べて大きくなりますし、何より雇用が引き継がれ、長年法人のために尽くしてくれた従業員が路頭に迷うことはありません。また、自分が創業した法人が、オーナーこそ変わるものの継続して社会に残り、地域のために貢献していくことになります。
一方、M&Aにも欠点があります。一番大きなものは、「M&Aは単独ではできない」ということです。
当然ながら、M&Aを実行するためには、譲り受けてくれる相手が必要だということです。もちろん、相手探し(マッチング)には仲介会社は最大限の努力を惜しみませんが、最終的には「縁のもの」であり、確実に相手が見つかり譲渡できると保証されるものではありません。ですから、いつでも引き返せるようにしておかなければなりません。そのためにもっとも大切なことが「秘密保持」なのです。
万が一、M&A実行前に「あの理事長は病院を売りたがっている」という情報がうわさで流れたとします。そのような場合、表のような影響が考えられます。したがって、M&Aを進める際にはまず「秘密保持契約」を締結するのが通常です。
【図表 「病院を売る」といううわさが流れたときの影響】
秘密が漏れて一番困るのは売り手側です。しかし残念なことに、意外と売り手側から秘密が漏れることが多いのです。M&Aを進めていくにあたって多くの人々が関与します。譲受法人や企業、金融機関、監査法人、会計事務所などです。しかし、金融機関や監査法人、会計事務所から秘密が漏れることはほとんどありません。
また譲受側は、仲介会社から秘密保持の重要性の説明を受けています。当社でも秘密保持に関してかなり厳しく注意を呼びかけ、社内での漏洩もしないよう、検討者を限定していただき、その方々一人ひとりの署名を求めるなどの徹底をしています。
譲受側にとっては、M&Aは戦略上極めて重要なことです。誤って秘密を漏らすと「あの法人は情報が漏れて秘密保持上のリスクが大きい」という悪いうわさを生み、業界での信用がなくなり、M&A情報が手に入りにくくなります。これはかなりの悪影響となります。したがって、組織として秘密保持に十分な注意を払うので、譲受側から秘密が漏れることは極めて少ないのです。
請求書の記載から情報が漏れた例も
一方、譲渡法人の理事長は、商談中大変なストレスにさらされることになります。それは次のようなことによるストレスです。
①通常、M&Aはスタートから「最終契約」まで長い時間(半年~数年)がかかる
②その間、なかなか相手方の検討内容が見えず、相手が何に迷っているのかわからずに心配な日々が続く
③このような大きな心配事を胸に抱えながらも業績を落とすわけにはいかず、むしろ右肩上がりになるようにがんばらなければならない
商談が「見合い」→「条件交渉」→「基本合意契約」と進んでいくなかで、「こんなに多くの時間と労力をかけたのに、この商談が壊れたらどうしよう、もう一度相手方を探して一からM&Aをやり直すのは耐えられない」という気持ちになることもあるでしょう。このような大きなストレスがありながら、気持ちを打ち明けて悩みを共有したり、相談したりする相手は、秘密保持の関係でM&A仲介会社の担当者しかいないわけです。そこで、つい耐えきれなくなって、あるいは商談が一段落してきてホッとして、出入り業者や従業員についポロッと話してしまうことが多いのです。
また間接的に情報が漏れてしまう例として、仲介会社がきちんと気を遣ってくれなかったということが理由になることがあります。着手金を支払うときの請求書です。
「秘密保持」が重要であることは前章で説明した通りですが、「提携仲介契約」締結時に、「M&A着手金200万円」などという請求書が法人に届いたら、支払いを行う経理担当者や、毎月の試算表を作成・チェックしている税理士に「M&Aを考えている」という秘密が漏れてしまいます。
当社でも、着手金を請求するときは明細を「着手金」とせず、「コンサルティング料」や「財務診断料」としてもらい、法人内でうわさが立たないように気を遣います。このような細やかな点をきちんとアドバイスしてくれる仲介会社は、経験が豊富で顧客のことを考えているといえるでしょう。