生活困窮レベルでなくとも…。「少額の万引き」をする理由
なぜ少額の食料品を万引きするのか。その疑問を解くひとつのヒントが、平成30年版犯罪白書の特集にある。
平成30年版犯罪白書は、「進む高齢化と犯罪」について特集している。受刑者の高齢化が進み、高齢出所受刑者の2年以内再入率が他の年代に比べて高いこと、刑法犯検挙人員に占める高齢者の比率の上昇が著しいことなどから、特集が組まれた。その中に、高齢者による犯罪の大半を占める「窃盗」に焦点をあてた調査が紹介されている。
法務総合研究所が実施した調査で、2011年6月に全国の裁判所で窃盗罪による有罪判決が確定した者を基本的に対象としている。調査対象者2421人中、犯行時の年齢が65歳以上だった者は354人(男性219人、女性135人)、それ以外の年代は2067人(同1711人、356人)。
一口に「窃盗」といっても、自動車や自転車などの乗り物を盗む「乗り物盗」、空き巣などの「侵入窃盗」など、犯行の手口は様々ある。高齢者の場合、「万引き」が85%と大半を占めるのが特徴だ(高齢者以外では52.4%)。
盗まれた品物の金額を見ると、高齢者は「3000円未満」が約7割を占め、そのうち「1000円未満」が約4割に上る。高齢者以外ではそれぞれ5割弱、2割強であるのと対照的だ。被害店舗との関係では、「平素から客として来店」している店での万引きが多く、盗んだ品物は、食料品類が69.7%(高齢者以外は39.1%)と、ほぼ7割を占めた。
万引きの動機は、高齢者では「節約」が最も多い。特に高齢女性では約8割に上った。これは、高齢男性の5割強、非高齢男性の約3割、非高齢女性の約7割と比べると際立つ数字だ。「自己使用・費消目的」は5~6割で、いずれの層でも変化はなかった。
万引きの背景事情として高齢女性で目立ったのは「心身の問題」「近親者の病気・死去」などだった。
■「生活に張りがあって、家や社会に居場所がある人はここ(刑務所)には来ない」
白書ではまた、万引きで微罪処分(例外的に事件を検察官に送らずに、警察かぎりで終わらせる事件処理の方法。軽微な窃盗や詐欺など、検察官があらかじめ指定した事件に限る)となった高齢者に関する東京都の実態調査の結果も紹介している。
都が2017年3月に公表した報告書「高齢者による万引きに関する報告書―高齢者の万引きの実態と要因を探る」で、そこでは、①万引きして微罪となった高齢被疑者56人、②万引きして微罪になった高齢以外の被疑者73人、③無作為抽出された一般の高齢者1336人――の回答を比較している。
それによると、高齢被疑者は一般高齢者に比べ、世帯収入はやや低いものの、生活保護を受けていない世帯も多く、客観的に生活困窮レベルにある者の割合は低い。一方、主観においては「現在の生活が苦しい」と感じている者の割合が、一般高齢者の17.7%に比べ、高齢被疑者では44.6%と高いのが特徴だ。また、自己統制力が弱く、独居の割合も高く、家族がいても連絡の頻度が少ない者の割合が高い。「一日中誰とも話さないことがある」「相談に乗ってくれる人は誰もいない」など、周囲から孤立している傾向が見られた。
こうして見ると、高齢女性の万引きでは、「節約」や「孤立」、「孤独」がキーワードとなっていることがうかがえる。この点に関し、福島刑務支所の刑務官が話していた言葉が印象的だ。
「高齢者犯罪の典型は窃盗だが、侵入盗とか集団窃盗ではなく、スーパーなどで1000円か2000円、高くても3万円程度の万引きが多い。飢え死にしそうとか、その日の食べ物に困るといった例はほとんどなく、むしろ、年金を使いたくなかったからとか、これぐらいならいいだろうなどというケースが目立つ。何で盗ってしまったのかわからないなど、動機がはっきりしないケースも多い。万引きの理由は各人各様でなかなかこれというのは難しいが、間違いなくいえるのは、生活に張りがあって、家や社会に居場所がある人はここには来ないということ。家族関係が悪かったり、社会とのつながりがなかったりして、孤立している人が目立つ」
先にインタビュー内容を紹介した受刑者も、家族との関係がうまくいかず、夫からはDV(ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力)を受けていた。頼りになると思っていた子供からは「お母さんが悪い」といわれ、心に大きな傷と寂しさを抱えていた。