--------------------------------------------------
【事例】
夫Aさん、妻Bさんは近所でも評判のおしどり夫婦でしたが、あるとき夫Aさんが亡くなってしまいました。遺産は亡きAさん名義の自宅不動産です(※)。特に相続対策は行ってきませんでしたが、妻Bさんは夫の遺産をスムーズに相続できるのでしょうか?
(※)「遺産は自宅だけ」というのは極端な例であり、実際の相続では預貯金など少なからず他の財産があると思われますが、解説をわかりやすくするためにこのように設定しています。
--------------------------------------------------
配偶者1人が自動的に全財産を相続できるわけではない
妻BさんはAさんの配偶者ですので、相続人になることは確定しています。ただし、誰が相続人になるのかは民法によって厳格に定められており(法定相続人といいます)、相続人となるのはBさん一人だけではありません。子がいないということは、存命であればAさんの直系尊属(父母または祖父母)が、直系尊属が死亡していればAさんの兄弟姉妹(Aさんの兄弟姉妹が死亡していればその子ども)が、Bさんと共同相続人になります。
とはいえ、事故などで急逝した場合ではなく、夫婦がある程度の年齢になってから一方が亡くなったということであれば、被相続人(亡くなった人)の直系尊属はさらに高齢になっているわけですから、すでに亡くなっている可能性が高くなります。よって、通常は配偶者と被相続人の兄弟姉妹が相続人となるケースが多いでしょう。被相続人の兄弟姉妹が亡くなっていれば、代襲相続といってその子ども(Bさんからすれば甥・姪)が共同相続人になります。
つまり、被相続人の配偶者であるBさんが、1人ですべての遺産を自動的に相続できる状態ではないということです。まずはこれを頭に入れておきましょう。
法定相続分では、妻Bさんは遺産をどれくらい相続できるのか?
民法では、各相続人の取り分の目安として「法定相続分」を定めています。
配偶者と被相続人の兄弟姉妹が共同相続人となる場合、配偶者の法定相続分は3/4です。よって、妻BさんとAさんの兄弟姉妹や甥姪が共同相続人になった場合、Bさんは遺産全体の75%を受け取ることができ、残りの25%をAさんの兄弟姉妹や甥姪で分け合うことになります。
配偶者はかなりの部分を相続できるとはいえ、共同相続人にわたる25%も決して小さくはありません。事例のように「遺産が自宅不動産しかない」というのは極端なケースです。とはいえ、もし本当に自宅不動産しかない場合や預貯金などその他財産があってもその額が少ない場合において、Aさんの兄弟姉妹や甥姪といった共同相続人から「私たちの法定相続分をください」と言われたらどうすればよいのか。これは法的に有効な請求ですから、妻Bさんは法定相続分として25%を渡さなければなりません。
最悪の場合、Bさんは自宅に住めなくなる
Bさんが亡き夫名義の自宅を丸ごと相続したい場合は、代償金として自宅不動産の価格の25%にあたる現金を払う必要があります。もし自宅不動産の25%相当の現金を用意できないのであれば、最悪の場合は自宅不動産を売却し、売却金額全体の25%を共同相続人に渡すことになります。
愛する夫を失った後に住み慣れた家までも手放し、ある程度年齢が行った状態でアパートを借りるなどして住まいを確保しなければならないというのはとても大変です。
もちろん、Aさんの兄弟姉妹や甥姪が「私たちは遺産はいらないから、どうぞ」と言ってくれて、遺産分割協議でBさんが自宅不動産をすべて相続することに同意してくれるのであれば上記のような問題はありません。とはいえ、生前のAさんとその兄弟姉妹の関係性によって左右されるところもあるでしょう。不仲だった場合、遺産分割協議や名義変更の手続きに協力してもらえないなどのトラブルに直面するかもしれません。そうなれば大変です。これが最悪の結末です。妻Bさんが自宅に住み続けられない可能性が出てきてしまいます。
----------------------------------
【最悪の結末】
妻Bさんが代償金を支払えない場合は、自宅不動産を売却し、その売却金の25%を支払うことになる。Bさんは自宅に住み続けられなくなる。
----------------------------------
最悪の結末を防ぐためには「遺言書」が有効
上記のようなリスクを未然に防ぐためには「遺言書を書く」という相続対策が有効です。できれば、夫婦で互いに「全財産を配偶者に相続させる」という内容の遺言書を作成しましょう。こうすることで、夫Aさんが先に亡くなった場合は全財産を妻Bさんに、逆に妻Bさんが亡くなった場合は全財産を夫Aさんに相続させることができます。
子のいない夫婦の相続では、何の対策もしなければ残された配偶者と被相続人の兄弟姉妹が共同相続人となってしまいます。しかし兄弟姉妹には遺留分(最低限の相続財産をもらえる権利)がないので、夫婦が互いに全財産を相続させる内容の遺言書があれば、愛する配偶者へ自分の財産を100%確実に渡せるようになります。子のいない夫婦の場合は必ず遺言書を書いておくことをおすすめします。
遺言書の内容は極めてシンプルなもので構いません。「自分の全財産を妻の〇〇(名前)に相続させる」という旨を書けばよいのです。手書きでも有効です(自筆証書遺言といいます)。「まだそのような年齢ではない」と考える方もいるかもしれませんが、突然の事故に遭う可能性はゼロではありません。子のいない夫婦は絶対に遺言書を作成しましょう。
その他、「子のいない夫婦」が検討すべき相続対策
最低限やるべきは「遺言書の作成」ですが、最後に、他にも検討しておいたほうがよいことをお伝えします。
<遺言執行者を定めておく>
遺言の内容を実現する人を遺言執行者といいます。遺言執行者は、相続した不動産の名義変更手続きや、銀行などでの相続手続きを行います。
夫婦は互いに年齢が近いことが多いので、一方が亡くなった際には、残されたもう一方も高齢になっていて、一人で遺産相続手続きを進めるのに苦労するかもしれません。そこで、代わりに手続きする第三者として、信頼できる人や司法書士といった専門家を遺言執行者として選任しておくと、後々の遺産相続手続きもスムーズです。
遺言書には最低限「配偶者の〇〇に全財産を相続させる」というシンプルな内容を書いておけばよいですが、併せて遺言執行者を定めておくとよりよいと思います。
<予備的遺言を残しておく>
また、予備的遺言も定めておいたほうがよいでしょう。自分より配偶者の方が先に亡くなってしまうケースもあります。ですから、一次的には“自分の全財産を配偶者に相続させる”という遺言を互いに書き合うものの、予備的遺言を残せば、もし自分より先に配偶者が亡くなった場合にはその遺産をどうするか?という二次的なところまで定められます。
配偶者に全財産を相続させる遺言を用意したあと、もし配偶者が先に亡くなってしまった場合、自分の財産はどうしたいと思うでしょうか。放置すれば、法定相続分どおり自分の兄弟姉妹へと相続されます。法定相続分どおりで構わなければ問題はないのですが、もし「生前お世話になった方へ財産を渡したい」などと考える場合には、その旨を書いておいたほうがよいと思います。
<死後事務委任契約をしておく>
遺言は自分が亡くなった後の財産の分け方について意思表示するものですが、死後事務委任では、自分が亡くなった後の事務的な手続き(葬儀など)を委任する契約です。
子のいない夫婦のどちらか一方が先に亡くなった場合、残された配偶者が喪主として手続きを進めることになると思いますが、自分より先に配偶者が亡くなった場合には、自分の葬儀をどうするかという問題が生じます。親族など頼める人がいれば依頼しておいたり、司法書士と死後事務委任契約を結んだりして備えておくとよいでしょう。
<認知症対策(任意後見、家族信託)>
高齢になったときに認知症を発症すると、資産が凍結されるリスクがあります。任意後見や家族信託などで対策した方がベターだと思いますので、検討しておいたほうがよいでしょう。
佐伯 知哉
司法書士法人さえき事務所 所長
\「税務調査」関連セミナー/
「相続税の税務調査」に 選ばれる人 選ばれない人
>>1月16日(木)開催・WEBセミナー
富裕層だけが知っている資産防衛術のトレンドをお届け!
>>カメハメハ倶楽部<<