社会的受容の相違
生活を変えてしまうような新しいテクノロジーを積極的に受容するか、それとも忌避するのか、その意識の相違もデジタルシフトで日本が中国に先行されている原因の一つと考えられます。
例えばAI技術に対し、日本ではAIは人々の仕事を奪うと否定的な受け止め方をする人が多いのに対し、中国ではAIを活用した新しい技術を期待するなど、圧倒的に前向きな議論が多いのです。
日本でデジタルシフトが進まない一因「高齢化」
デジタルシフトに対する日中の社会的受容度の差異の要因の一つは、両国の人口構成の差異にあると考えられます。
世界で最も高齢化が進んでいる日本に対し、中国では生まれたときから携帯電話などが身の回りにあったデジタルネイティブの世代の層が厚く、高いデジタルマインドを持つ人が多いのです。そのため、デジタルシフトに対し戸惑いや嫌悪感を持つ人は多くありません。
他方、日本ではデジタルシフトへの受容度に世代間で大きな違いがみられ、それが日本でデジタル化が進まない一因となっています。日本社会がデジタルイノベーションを広く受容していくためには、よりポジティブな世論形成と、デジタルマインドの涵養が重要だと思われます。
ベンチャー企業が育つ土壌
米国バブソン大学やロンドン大学ロンドン・ビジネススクールなどの研究者らが継続的に行っている国際調査「グローバル・アントレプレナーシップ(Global Entrepreneurship)」の2014年版によると、「職業として起業家は良い選択」に賛成した人(18歳から64歳)の割合は、中国の65.7%に対し日本は31%で半数以下です。中国は米国の64.7%よりも高く、起業を積極的に評価する人が多いことが窺えます。
「一兵卒にも天下とりの大志あり」はナポレオンの名言ですが、中国ではこの語録を好み、今は雇われの身でもいずれ起業し社長になりたいと考える人が大勢います。また、失敗に寛容な社会的土壌も豊かです。労働市場の流動性が高く、起業に失敗しても、再就職のチャンスが失われることはありません。
そうした社会的土壌に加え、起業を奨励する政府の政策も影響し、中国では近年、起業ブームが起きています。挨拶の言葉は「你好(こんにちは)」から「創業了?(起業したか?)」に変わったといわれるほどです。起業が「下海」と呼ばれていた1990年代から起業DNAは脈々と受け継がれ、起業家マインドは人々の間に定着しているのです。
デジタル化に深刻な影響をおよぼす「日本の若者の安定志向」
一方、日本では学生の希望する就職先で公務員の人気が高いなど安定志向が定着し、また、労働市場の流動性は低く、再就職には危険が伴います。そのため、起業を志す人は中国と比較すれば著しく少ないと考えられます。
米国のGAFAや中国のアリババ、テンセントの名前を挙げるまでもなく、これまでデジタル革命をリードしてきたのはベンチャー企業です。ベンチャー企業が数多く生まれた国がデジタル革命に勝利してきました。
そのような状況にあって、日本のベンチャー企業は、米中の後塵を拝しています。それが、日本のデジタル化の進展に深刻な影響を及ぼしていることは疑いようがありません。
この状況を打開するには、起業教育や人材育成、意識改革、規制緩和など、あらゆる側面から議論を深め、行動を起こすことが求められます。
趙 瑋琳
株式会社伊藤忠総研 産業調査センター
主任研究員
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