⑥激化事件~民権運動は、どのように急進化していったのか?
1880年代前半、大蔵卿の松方正義(薩摩)によるデフレ政策で農村の不況が拡大するなか、没落した貧農や士族中心の自由党急進派が、直接行動で政府を攻撃しました(激化事件)。
県令三島通庸の圧政に抵抗した自由党の河野広中らが弾圧された福島事件、茨城県で民権派が蜂起した加波山事件(直後に自由党は解党)、埼玉県で多数の農民が高利貸などを襲撃した秩父事件、と続きました(大隈重信は立憲改進党を脱党)。
また、大阪事件は朝鮮情勢と絡んでおり、大井憲太郎や景山英子らが朝鮮の保守的な政府を打倒して改革派の政権を樹立する計画を立て、渡航する前に検挙されました。
⑦大同団結~民権運動の集大成となった政治運動とは?
「大同団結」とは、小さな意見の違いにこだわらず共通の目的でまとまることを指します。1880年代後半、国会開設が迫るなか、後藤象二郎を中心に旧自由党と立憲改進党が再び民権運動を盛り上げました。
当時井上馨外相が進めていた条約改正交渉は、極端な欧化政策もあって批判が多く、井上が辞任すると、民権派は「地租軽減」「言論・集会の自由」「外交失策の挽回(対等条約の締結)」という三大要求を掲げて三大事件建白運動(1887)を展開しました。
民権派が全国から東京に集まって政府機関へ陳情する運動だったので、政府は保安条例を発し、民権派を東京から追放して弾圧しました。
山中 裕典
河合塾/東進ハイスクール・東進衛星予備校
講師
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