ゼロ成長だと「不況」といわれるワケ
バブル崩壊後の長期低迷期、日本経済はほとんど成長せず、成長率※がほぼゼロの時代が続いていました。
※ 本稿でいう「成長率」とは、実質経済成長率(GDPの増加率から物価上昇率を差し引いた値)のことを指します。
それ以前の成長率よりもはるかに低いですし、諸外国の成長率よりもはるかに低かったので、人々が不満に思うのは当然なのですが、本稿が論じたいのは、不満の内容が「ゼロ成長をどうにかしろ」というものだったことです。
GDP統計については、前回の拙稿『「中国のGDPが日本の3倍なら、中国の経済規模は日本の3倍。では、中国の人口が日本の9倍なら…」経済指標の読み方の超キホン』で入門的な解説を行いましたが、大胆に単純化して要点を復習すると、GDPとは、「国内で生産された付加価値を合計したもの」であり、作られた物(財およびサービス、以下同様)は使われることから、「国内で使われた物の合計」ともいえます。
ゼロ成長というのは「実質経済成長率がゼロ」だということで、これは「GDPの増加率から物価上昇率を引いた値がゼロ」になるということです。つまり、ゼロ成長というのは、「生産量も消費量も前年と同じ」、ということなのです。
昨年と生産量も消費量も同じなのに、なぜ不満なのでしょうか?
それは、ゼロ成長だと失業者が増えてしまうからなのです。
失業率を変化させない成長率=「潜在成長率」
成長率が高い時には、企業は生産を増やすために労働者を雇うので、失業率が下がります。一方で、成長率が低い時には失業率は上がります。失業率が上がりも下りもしない成長率のことを潜在成長率と呼びます。
潜在成長率は、時代や国によって異なりますが、ゼロではなくプラスの場合が多いのです。それは、技術が進歩するからです。高度成長期には、農村にトラクターが、都市の洋服工場にミシンが来たことで、労働者ひとり当たりの生産量(労働生産性と呼びます)が大幅に増加しました。
そうなると、国内の生産量が昨年と同じでは、失業者が猛烈に増えてしまいます。当時はおそらく8%から10%程度の経済成長をしないと失業者が増えてしまう(潜在成長率が8%から10%程度)、という状況だったと思います。
技術の進歩とは、新しい発明・発見のこととは限りません。発明・発見がなくても、人々が用いる技術が進歩すれば、潜在成長率はプラスになります。トラクター等はすでに米国で使われていましたが、日本人もトラクターを買えるようになったので、労働生産性が大きく伸びたのです。
潜在成長率が低下した主因は「技術のキャッチアップ」
現在では、潜在成長率は0.5%程度だろうと思われます。アベノミクスで少し景気が回復して成長率が高まっただけでも労働力不足が深刻化しましたから。
高度成長期から現在まで、潜在成長率が低下した要因は多数あります。すぐに思いつくのは人口増加率、とりわけ現役世代人口の増加率です。高度成長期には現役世代の人口が増えていましたが、いまは減っています。当時はトラクター等が導入されて労働生産性が大幅に上がりましたが、いまではみんながトラクター等を持っているので、それが最新式のものに買い替えられても、労働生産性はそれほど上がりません。
当時の若者はテレビ等を買いましたから、テレビ製造産業等は主要産業でした。テレビ等の製造は、機械化によって労働生産性が上がりやすい産業です。いまは高齢者が介護を頼んでいますから、介護などが主要産業となっていますが、介護などは機械化が難しく、労働生産性が上がりにくいのです。
潜在成長率が低下した最も重要な要因だと筆者が考えているのは、技術力が先進国にキャッチアップしたことです。当時は、すでに欧米で使われている技術をまねすれば簡単に新商品が作れたのですが、いまでは日本の技術力が欧米に追いついたので、新商品を自分で開発しなければならず、簡単には技術レベルが上げられないのです。
経済政策は「需要重視」から「供給重視」へ
バブル崩壊後の長期低迷期、日本経済は需要不足に悩んでいました。しかし、アベノミクス以降は(コロナの影響を除けば)労働力不足に悩んでいます。つまり、潜在成長率が大きく低下しているので、経済が少し成長すると、すぐに労働力が不足して成長できなくなってしまうのです。
今後も少子高齢化は間違いなく進むでしょうから、需要不足よりも供給力強化が政策の重点になっていくと思われます。政府としては、大胆な発想の転換が求められているわけです。
もっとも、潜在成長率の低下は悪いことばかりではありません。失業が問題となっている経済よりも、労働力不足が問題となっているほうがはるかにマシだからです。企業経営者は困るかもしれませんが、労働者は失業の恐怖が薄れ、賃金も上がりやすくなります。企業が省力化投資などに尽力すれば、日本経済全体が効率的になっていくことも期待されますから。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義
経済評論家
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