まとめ:事実認定によっては書面によらない贈与が認められるケースも
被相続人が、本件相続が開始するまで、本件各定期預金の届出印及び請求人K及び請求人Lの各名義の定期預金の証書を除く本件各定期預金の証書を実質的に管理していたと認めるのが相当であるから、請求人K及び請求人Lの各名義の定期預金を除く本件各定期預金は、いずれも本件被相続人によって管理支配されていたものと認められ、これらの贈与はいつでも本件被相続人によって取り消し得る状態にあったということができるので、請求人K及び請求人Lを除く請求人らにこれらの確定的な移転があったということはできない。
また、請求人K及び請求人Lの各名義の定期預金の証書は、遅くとも平成16年2月までには請求人K及び請求人Lにそれぞれ交付されていることからすれば、請求人K及び請求人Lの各名義の定期預金の証書の管理支配は請求人K及び請求人Lに移転したものと認められるが、定期預金を自由に運用するためにはその届出印が必要となるところ、当該各届出印は、本件相続が開始するまでの間、被相続人が管理していたものと認められるから、請求人K及び請求人Lの各名義の定期預金について確定的な移転があったとまではいうことができない。
被相続人と納税者では本件各定期預金に係る書面によらない贈与契約が成立したと認められています。書面によらない贈与契約は証拠力がない、と解説しておりますが、事実認定いかんによってはこのように認められるケースもあります。しかし、本件はその点においても国税不服審判所にまで上がった事案なのです。当局調査時点ではすんなりと認められる可能性は著しく低いといえます。
→証拠:書面によらない贈与契約が成立したことと贈与の履行の事実を疎明させるものとして、
・通帳間での資金移動
・贈与後は預金管理、キャッシュカード、通帳、証書、印鑑の保持者、受贈者のみが全て把握できる状態で、贈与者は一切関知していないことが理想
ということになります※3。
ハ 停止条件付の贈与
その条件が成就した時
ニ 農地又は採草放牧地の贈与
上記イからハまでにかかわらず、農地法の規定による農業委員会又は都道府県知事の許可のあった日又は届出の効力の生じた日(ただし、その許可に停止条件が付されている場合など、許可のあった日又は届出の効力が生じた日後に贈与があったと認められるものを除く。)
贈与の時期がいつであるかは、所有権などの移転の登記又は登録の目的となる財産についても上記と同様に判定しますが、その贈与の日が明確でないものについては、
→証拠:特に反証のない限りその登記又は登録があった時に贈与があったものとして取り扱われます(相基通1の3・1の4共-8~1の3・1の4共-11)。
贈与は疎明が難しい取引、証拠の用意ははじめから拡充しておく
民法原則の「書面によらないもの」「口頭でも契約は成立」という考え方は租税実務においては全く意味をなしません。書面によるものは、後述の処分証書反証でも有利な証拠となります。
最判昭和47年11月8日では、意思表示で足るとしています。
株式会社が株券の発行を不当に遅滞し、信義則に照らして、株式譲渡の効力を否定するのを相当としない状況に至つたときは、株券発行前であっても、株主は、意思表示のみにより、会社に対する関係においても有効に株式を譲渡することができる※4。
この考え方は法的効果としては意味をなします。しかし、税「実務」という意味では証拠がないから、疎明力がないから、といった理由で全く意味をなしません。
贈与は疎明が非常に難しい取引ですから、なおさらエビデンスを当初から拡充しておく必要があります。
→証拠:
・第三者が立ち会ったことについて別書面でよいので覚書を付す
・疎明力としては弱いと考えられますが贈与の意思表示の録音 等々
******************参考******************
※1 預貯金については相基通9―9の適用はありません。預貯金の異動については税務署が把握することは困難だからです。主に相続税の税務調査において名義人の実質判断に基づき課税を行うことになります。すなわち、預貯金については主に名義預金(名義財産)の論点に移行します(事実上の出口課税)。
※2 贈与契約について贈与契約を取り消したいとなった場合、課税関係が生じることもありえます。契約は民事上では合意があれば、取消しできます。一方、名義変更通達では「贈与契約が法定取消権又は法定解除権に基づいて取り消され、又は解除されその旨の申出があった場合においては、その取り消され、又は解除されたことが当該贈与に係る財産の名義を贈与者の名義に変更した事その他により確認された場合に限り、その贈与はなかったものとして取り扱う」とあります。私法での法定取消権または解除権によるなら租税法でも贈与契約はないものとされます。このため、原始契約での当初贈与税申告も更正の請求ができます。ただし、「名義変更通達8項・9項は、財産の名義を贈与者の名義に変更した事その他により確認された場合に限りとあります。私法では贈与契約は遡及効によりなくなりますが、租税法では、実質基準、実態基準によりますので、いわゆる経済的成果を贈与以前の状態に完全に戻す必要があります。
※3 (参照)
【みなし贈与/贈与事実の認定】
金融業を営むAから審査請求人及びその亡妻に渡された小切手は、Aが自ら蓄えた財産を原資として審査請求人らに交付されたものであるとして、相続税法9条のみなし贈与課税を相当とした事例
(平成18年5月8日裁決)(F0―3―173)
〔事案の概要〕
本件は、■■■から審査請求人(以下「請求人」という。)及び■■■■■■■■に死亡した■■■■(以下「被相続人」という。)に渡された小切手がみなし贈与に該当するとしてされた原処分に対し、請求人が、原処分には、小切手が運用委託金の返金であるのに、みなし贈与に該当すると判断した違法及び調査手続の違法又は不当があるとして、原処分の全部の取消しを求めた事案
〔当事者の主張〕
○納税者の主張
請求人らが■■■から受領した本件小切手は、同人に運用委託していた「■■■■■■」ともいうべきファンド(以下「本件ファンド」という。)の返金であり、同人から贈与を受けたものではない。
本件ファンドは、■■■■■が■■■に1,200,000,000円の資金を提供し、同人自身の判断でその資金を運用して、その運用利息を定期的に受け取るとの形態で委託していたものである。
請求人らは、■■■■の死亡により、同人が■■■に提供した資金を受け継いだものである。
■■■に対する資金運用の委託関係は、同人が■■■■■■に死亡するまで継続していた。
○課税庁の主張
本件小切手は、■■■個人に帰属する本件証券会社口座及び本件普通預金口座から出金されたものであり、請求人らが、■■■から本件小切手を受領し、これを請求人らに帰属する各預金口座へ入金したことは、実質的に対価を支払わないで経済的利益を受けた場合に該当すると認められるから、相続税法第9条《贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合―その他の利益の享受》の規定により、贈与があったものとみなされる。
〔判断〕
Aが残した書類には、資産運用に関して第三者からの借入れがあることを示す資料や、金銭の運用委託を受けたことを示すような書類は存在しなかった等の認定事実によれば、本件小切手は、Aが自ら蓄えた財産を原資として請求人らに交付したものであり、この交付と対価関係にあると認められる債権等が存在する事実は認められない。これに対して、請求人は、本件小切手は、請求人の亡妻の亡父BがAに運用委託しており、B及び亡妻から相続した本件ファンドの返金である旨主張するが、本件小切手の総額は440,000,000円であるところ、これほど多額の支払が発生する金員について、本件ファンドのような運用委託をするのであれば、委託者、受託者の双方が契約書ないしはこれに準じる裏付書類を作成、所持しているのが通常であるところ、原処分関係資料及び当審判所の調査によっても、そのような書類は、一切存在しないなど、請求人の上記主張に沿う申述及び答述は信用することはできず、他に請求人の主張を裏付ける証拠はないので、請求人の主張は採用できない。したがって、本件小切手は、相続税法9条により贈与財産とみなされるから、原処分には請求人の主張する違法はない。
※4 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52625
伊藤 俊一
税理士
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