前回は、生命保険の活用で医院の後継者に「納税資金」を残す方法を解説しました。今回は、医院を子に引き継ぐ前に解消しておくべき「人事労務リスク」について見ていきます。

年々高まっている従業員たちの権利意識

テクニック8 承継しやすい状態にして、後継者にバトンタッチする

医業承継をスムーズに行うためには、病院が抱えているリスクを承継前にできるだけ解消しておくことが重要です。「立つ鳥跡を濁さず」ということわざがありますが、さまざまな問題を残したまま、後継者にバトンタッチするのはマナー違反と心得ましょう。

 

①事前に持分を買い取り、払戻請求のリスクをなくす

出資持分の払戻請求リスクを後継者の子に負わせないために、現理事長である親が前もって分散している持分を買い集めておきましょう。

 

②労務問題を解決し、従業員とのトラブルを未然に防ぐ

病院経営の根幹を揺るがす問題に、「人事労務リスク」があります。

 

近年は労働者の権利意識が高まっています。これを示す証拠の一つに、都道府県労働局等へのパワハラに関する相談件数の急増があります。また、企業と労働者個人が争う「個別労使紛争」に発展するケースも年々増加しています。

 

特に医療・介護業界は人事労務の問題を多く抱えている業種です。平成23年度版の「労働基準監督年報」を見てみると、医療・介護事務所の約8割で労働関連法規違反があることが報告されています。全産業の平均が約7割ですから、1割も高い値です。

 

医療・介護の現場で労働関連法規の違反が多い分野は、「金銭債務関連(いわゆるサービス残業、未払い社会保険料など)」「法令違反関連(長時間労働、突然の解雇、有給休暇を取らせてもらえないなど)」「人間関係のトラブル(パワハラ、セクハラ、いじめなど)」です。

 

医師の世界では、研修医時代には寝る間を惜しんで勉強し、いくつもの病院でアルバイト診療を掛け持ちするのが当たり前で、勤務医になってからも研鑽の毎日です。そもそも扱っているのが「人の命」ですから、自分の都合は後回しで、長時間労働に対する抵抗感が低く、有給休暇の取得など、はなから頭になかったりします。そして、従業員に対しても自分と同じ感覚を求めたり、強要したりしがちです。

 

しかし、今の時代はそれでは通用しません。従業員たちの権利意識の高まりに、医師の側も合わせていかなければならない時代なのです。

労務問題が裁判に発展してしまうと費用の負担も増加

ちなみに、病院側の賃金未払いの事実が認められると、「最大過去2年間に遡って」支払うことになります。また、不当解雇の事実があれば、解雇予告手当および解決金などの支払い義務が課されることがあります。ハラスメントに対しては、訴訟件数の増加に伴って損害賠償額も高額になってきています。

 

もし一人の従業員が労務問題を訴えて認められると、他の従業員たちもそれに倣って労働審判を申し立てることになるでしょう。すると、その賠償や和解にお金がかかります。

 

また、「あの病院は揉めているらしい」「あの先生、看護師に訴えられたんだって」といった噂が広まることにもなります。病院の評判が落ちて患者の足が遠のくと、経営自体が揺らぎます。

 

理事長はこうした人事労働問題への関心を高め、リスクを未然に取り除く手立てを講じる必要があります。

 

【図表1 都道府県労働局等への相談件数】

 

【図表2 医療機関・介護事業所における労働関連法規の違反状況】

本連載は、2016年5月27日刊行の書籍『相続破産を防ぐ医師一家の生前対策』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

相続破産を防ぐ 医師一家の生前対策

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井元 章二

幻冬舎メディアコンサルティング

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