(写真はイメージです/PIXTA)

アメリカのGDPにおける個人消費は、23年4-6月期において前期比年率1.6%増と伸びを維持しています。また、7月の小売売上高は堅調な伸びを維持しており、7-9月期の個人消費も堅調となる可能性が示唆されています。本稿では、ニッセイ基礎研究所の窪谷浩氏が、アメリカ個人消費の動向と、個人消費を取り巻く環境について解説します。

(個人消費の追い風)消費者センチメントの回復、良好な家計のバランスシートは消費を下支え

個人消費を取り巻く環境をみると、消費者センチメントの回復や良好な家計のバランスシートが今後の個人消費に追い風となる可能性が示唆される。

 

ミシガン大学の消費者センチメントは23年8月が69.5(前月:71.6)と3ヵ月ぶりに前月から低下したほか、新型コロナ流行前(20年2月)の101は大幅に下回っているものの、22年6月の50からは大幅な回復がみられる(図表5)。

 

また、同センチメントのうち、自動車や住宅の購入指数は100を下回っており、現在が購入時期として「悪い」と回答した割合が依然として高いことを示しているものの、22年夏場から秋口を底に大幅に回復しているほか、大型耐久消費財は23年7月から2ヵ月連続で100を上回っており、足元で購入意欲が高まっていることが分かる。

 

一方、家計の純資産残高は23年1-3月期が148.8兆ドルと22年1-3月期につけた152.6兆ドルからは低下したものの、新型コロナ流行前(19年10-12月期)の116.8兆ドルを32.1兆ドル上回っている(図表6)。

 

32.1兆ドルの増加分の内訳をみると、住宅ローン残高(+2.0兆ドル)や消費者信用残高(+0.6兆ドル)の増加を反映して負債残高が+3.0兆ドル増加したものの、住宅価格や株価の上昇を反映して不動産(+12.2兆ドル)や株式・投信(+9.8兆ドル)の残高が増加したほか、コロナ禍の経済対策に伴う家計への直接給付などで現金・預金(+4.5兆ドル)の残高が増加したことなどで資産残高が+35.1兆ドル増加したことが大きい。

 

 

(個人消費の逆風(1))FRBによる大幅な金融引締めから金融環境は引締まり

FRBはインフレ抑制のために22年3月から政策金利の引上げを開始し、23年7月までに政策金利を合計5.25%ポイント引上げるなど大幅な金融引締めを実施している。

 

これらの金融引締めの結果、株式、信用スプレッド、為替、金利など一連の市場指標を元にゴールドマン・サックスが推計した米国金融環境指数は22年初の97近辺から、10月下旬には一時101弱と新型コロナ感染拡大の懸念を背景に金融環境が大幅に引締まった20年3月以来の水準に上昇した(図表7)。

 

 

その後は23年7月中旬にかけて99.3近辺まで低下する局面がみられたが、足元では100近辺まで上昇しており、金融環境が引き締まった状況が続いている。

 

FRBは依然として追加的な金融引締めの可能性を示唆しており、今後も金融環境が引き締まった状況が続く可能性が高い。金融環境の引締まりは時間差で高額な耐久財など金利に敏感な分野を中心に個人消費を減少させる。

 

(個人消費の逆風(2))家計の累積過剰貯蓄は枯渇、銀行の消費者ローン貸出態度も消費の重石に

個人所得と個人消費のデータを用いて、新型コロナ流行前の17年~19年のトレンドラインと実際の個人所得、個人消費の差から推計される累積の過剰貯蓄残高は21年7-9月期に1.9兆ドルまで拡大した後、減少に転じ23年7-9月期には▲2,200億ドル程度のマイナスに転じた可能性が高い(図表8)。

 

過剰貯蓄はこれまでインフレが加速する中で実質個人消費を下支えしてきたと考えられるが、過剰貯蓄が枯渇したことで今後、累積的な金融引締めの影響で労働市場が減速し、賃金上昇率が低下した場合に個人消費の減速がより明確になる可能性がある。

 

一方、FRBによる融資担当者調査で銀行による消費者ローンの貸出態度(貸出に積極的との回答から消極的との回答を引いた割合)に関する調査では、22年4-6月期の18.6%をピークに貸出に消極的になる動きが明確となっており、22年10-12月期からは消極的との回答割合が積極的との回答割合を上回っている。

 

直近(23年7-9月期)は▲21.8%と前期の▲22.8%から小幅にマイナス幅が縮小したものの、依然としてコロナ禍に伴う景気後退で大きく低下した20年7-9月期(▲41.0%)以来の水準となっている。このため、消費者ローンに対する銀行の慎重な貸出姿勢からは、今後、消費者ローンに依存した個人消費の拡大は困難とみられる。

 

 

 

さらに、教育省管轄の連邦学生ローンはコロナ禍で20年3月以降、およそ3年間返済が猶予されていたが、23年6月に成立した「財政責任法」で10月から返済が再開することが決まったことから、個人消費への影響が意識されている。

 

連邦学生ローン残高は23年6月末時点で1兆6,445億ドルとなっており、被貸与者は4,360万人と18歳以上の米国人のおよそ17%に上っている。このうち、23年5月時点でコロナ禍に伴う返済猶予を受けているのは2,900万人1とみられており、返済再開の影響は大きい。

 

一方、バイデン政権は学生ローン返済再開に先立つ8月22日に学生ローン負担を軽減するための措置としてSAVEプランを発表した。同プランでは毎月所得の一定割合を返済する所得連動型返済(IDR)プランで返済額を従前の所得の10%から5%に引下げるほか、返済免除される所得水準を引き下げて単身世帯の年収3万2,000ドル、家族4人の世帯年収6万7,000ドル未満で債務が免除されることを決定した。

 

ホワイトハウスは同プランによって被貸与者340万人が負担軽減の対象となるとしている。もっとも、それでも2,600万人近い被貸与者の支払いが再開されるとみられる。

 

個人消費への影響については大統領経済諮問委員会(CEA)のジャレッド・バーンスタイン委員長は最大で個人消費の減少幅は年率▲0.3%に留まる2など楽観的な見通しを示しているものの、家計の負担が増加する若年層の消費者センチメントへの影響も含めて依然不透明な部分が大きい。 

 


1 CRS “Federal Student Loans: Return to Repayment” (23年8月10日)https://crsreports.congress.gov/product/pdf/IF/IF12472
2 https://www.politico.com/news/2023/07/27/biden-student-loans-bidenomics-00107601

3.今後の見通し

これまでみたように、個人消費は堅調な雇用や可処分所得を背景に堅調に推移してきた。もっとも、インフレ抑制のためのFRBによる大幅な金融引締めの影響により、今後労働市場の減速が見込まれ、賃金の伸び鈍化に伴いこれまで個人消費を下支えしてきた可処分所得の伸びが鈍化するとみられる。

 

また、個人消費を取り巻く環境は消費者センチメントや良好な家計のバランスシートは今後も一定程度個人消費の下支え要因となることが見込まれる一方、金融環境の更なる引締まりが見込まれるほか、コロナ禍で蓄積された過剰貯蓄の枯渇や銀行の消費者ローンに対する貸出態度の厳格化、10月からの連邦学生ローンの返済再開などは個人消費を押し下げる可能性が高い。

 

このため、足元で個人消費は好調を維持しているものの、今後は個人消費の減速は不可避だろう。

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年8月29日に公開したレポートを転載したものです。

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