アメリカで作られる「リビングトラスト」とは?
「リビングトラスト」とは、生前のうちに信託契約書を作成し、自身の資産(不動産、銀行口座、証券口座等)を信託名義に変更する手続のことをいいます。
ご自身が信託設定者(Settlor)であると同時に受託者(Trustee)でもあることに特徴があります。そして、自身が亡くなったときのために、承継受託者(Successor trustee)を信託契約書のなかで指定しておきます。
実際に本人が死亡したときは、承継受託者がその権限において、不動産の売却や金融機関への照会、納税等を行って、信託契約書で指定された受益者(Beneficiary)への遺産の分配を行うこととなります。
トラストがある場合の相続手続
リビングトラストを作ることで、プロベートの裁判手続(『ここまで大変とは…「アメリカ不動産の相続」を弁護士が解説』参照)を回避できますので、より早く遺産分割が実現できます。
例えば、カリフォルニア州の場合、承継受託者を代理した弁護士が、トラストの内容を記載したレターを親族宛に送ることで、トラストの内容が開示されます。レターを受領した親族は、トラストの内容等について異議がある場合、通常、120日間以内に弁護士に返答をすることになります。異議がなければ、120日間の待期期間を放棄する旨の書面にサインをして弁護士に提出することもでき、それによりトラストの内容通りの遺産分割が行われます。
日本の親族にも、突然アメリカの弁護士から英文のレターが来ることになるので、驚かれる方もいます。しかし、基本的には遺産の分配についての案内に過ぎませんし、返信をしない、または遅れることでペナルティが課されるといったものではありませんので、ご安心ください。もちろん、英文の内容が不明な場合は、専門家に確認をしてもらうことを推奨します。
日本の相続手続とはまったく違う…トラストのメリット
リビングトラストの一番のメリットは、プロベートを経ずに遺産分割手続ができる点にあります。プロベートになると、裁判手続により遺産、相続人、負債等の確定が行われるため、相続人に遺産が分配されるまで、手続に時間と費用がかかってしまいます。この点、トラストであれば、上記の承継受託者がその権限において、裁判手続きを経ずに、遺産分割手続を行うことができます。
また、プロベートになると、だれでも裁判資料を見ることができますので、被相続人の遺産の内容のほか、遺言(Will)さえも公開されてしまいます。一方、トラストであれば、前述したように、親族への開示はされますが、一部の範囲への開示にとどまりますので、プライバシーを確保する点からは、トラストを作る方が望ましいのです。
さらに、トラストでは、遺産承継の条件を柔軟に設定できます。すなわち、子どもが何歳になってから承継させるといった条件を設定し、それまでは承継受託者が引き続き遺産を管理することで、若年の子どもが安易に遺産を費消してしまう事態を防ぐこともできます。
アメリカに資産を持つ日本人も、トラストを作った方がいい?
ここまで来ると、アメリカに資産をお持ちの日本人の方は「自分もトラストを作った方がいいかな?」と思うかもしれません。
しかし、ご家族が日本に居住している場合、アメリカでトラストを作ることは慎重に検討することが大切です。なぜなら「承継受託者の選定」という問題があるからです。つまり、承継受託者は、金融機関への問い合わせ等を行って遺産の確定を行うことから、アメリカに居住し、現地で手続に対応できる方が望ましいのです。
その点で、親族を承継受託者に指定しようと思っていても、その親族が日本に住んでいて、英語が話せないという場合、アメリカで承継受託者を務めるのに適任とはいえません。
トラストの受託者&その弁護士の報酬額に注意
もちろん、現地で承継受託者の業務を引き受ける業者(Professional fiduciary)もいますが、業者が弁護士を起用して、二重に費用がかかることもあるので、慎重な判断が必要です。
承継受託者は、弁護士を起用して、その弁護士が受託者としての業務を代理して行うことがよくあります。そうすると、承継受託者の報酬だけではなく、弁護士のタイムチャージ稼働による報酬も発生します。そして、それらの報酬は遺産から支払われるため、遺産がそれだけ目減りすることになります。
とくに、カリフォルニア州の場合、弁護士の1時間当たりのレートは、安くても350ドルで、高いところでは700ドル近くになるケースもあります。円安の現在の状況を考えると、日本円に換算するのも恐ろしくなる金額ですが、そのような支出が発生するケースは実際に存在します。
アメリカでは「遺言+トラスト」のセットが一般的
最後に、アメリカでは、遺言(Will)とトラストがセットで作られることが通常で、遺言だけ、またはトラストだけが作られているというケースはほとんどありません。
まず、遺言だけあっても、トラストがなければプロベートによる遺産分割手続になりますので、遺言だけを作っておけばよいという考えは誤りです。
逆に、トラストだけ作って、遺言がないというのも不十分です。なぜなら、遺言では、トラストで指定した受益者が未成年の場合に備えて、後見人(Guardian)を指定することができます。また、トラスト名義に変更されていない遺産についてもすべてトラストに含める旨の条項(Pour-over will)を入れることで、名義変更をしていなかった遺産についても、プロベートではなくトラストに入った遺産として分割することができます(なお、カリフォルニア州では、Heggstad petitionという手続により行われます)。
そのため、トラストによる相続手続に関与をされた場合には、遺言の内容もセットで確認をすることをお勧めします。
中村 優紀
中村法律事務所 代表弁護士
ニューヨーク州弁護士
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