〈資産分散も一苦労〉富裕層の頭痛のタネ、アメリカの相続問題…面倒な〈プロベート〉を回避する「不動産の法人所有」「リビングトラストの作成」【弁護士が解説】

〈資産分散も一苦労〉富裕層の頭痛のタネ、アメリカの相続問題…面倒な〈プロベート〉を回避する「不動産の法人所有」「リビングトラストの作成」【弁護士が解説】
※画像はイメージです/PIXTA

資産防衛を考える富裕層のなかには、海外へ積極的に資産を分散させる方が増えています。しかし、資産の目減りは免れても、その次に控える大きな課題があります。相続時に発生する、英米法特有の裁判手続「プロベート」です。この面倒な手続きを回避して資産を承継する方法を見ていきます。今回は、「現地LLCの持分」「カリフォルニアの銀行口座」「リビングトラスト」等の相続について取り上げます。国際法務に精通する中村法律事務所の中村優紀代表弁護士が解説します。

アメリカ特有の相続手続「プロベート」(Probate)の概要

日本とアメリカとでは相続手続に違いがあります。日本は「包括承継主義」といって、「裁判を経ずに」積極・消極財産全てを親族に包括的に承継させる方法を取ります。一方のアメリカでは、「管理清算主義」といって、「裁判において」管理・清算をした上で、積極財産のみ相続人に分配されることになります。

 

英米法特有のこの裁判手続がプロベートといいます。つまり、プロベートとは、日本のような相続人の話し合いではなく、裁判手続を経て遺産を分割するという相続手続のことを言います(記事『〈資産分散も一苦労〉富裕層も頭を抱える、アメリカの相続問題…面倒な〈プロベート〉を回避してスムーズに資産承継する方法』参照)。

 

下記、プロベートを回避してアメリカに保有する資産を承継する方法を、資産の種類別に紹介していきます。

プロベートを回避して「現地LLCの持分」を相続する

◆アメリカ不動産の購入…「法人所有」ならプロベートの適用を回避できる

米国不動産を個人で購入して亡くなると、プロベートという米国特有の相続制度が適用されます。プロベートになると、遺産の分配のために現地弁護士を選任する費用がかかり、さらに2年以上も不動産の処分が制限されます。これを回避するための「購入後に」行えるTODD(Transfer On Death Deed:死亡時譲渡証書)手続については、記事『〈資産分散も一苦労〉富裕層も頭を抱える、アメリカの相続問題…面倒な〈プロベート〉を回避してスムーズに資産承継する方法』の事例〈プロベートを回避して「アメリカ不動産を相続」する〉で詳述しています。

 

ここではもう一歩進め、「購入時点」からプロベートを回避するスキームを考えてみたいと思います。

 

プロベートは、個人が米国内に資産を持っているために適用されます。そこで、個人で所有するのではなく、法人で所有をすることで、プロベートの適用を回避することができます。

 

とくに税金面からみても、個人では2021年から加速度償却が認められなくなり、節税効果が薄れてしまった一方、法人では未だに築22年以上の木造物件であれば、建物価値について4年で償却できる魅力があります。

 

◆法人での所有パターン、2つ

法人で米国不動産を所有する場合、具体的には、

 

①日本法人で米国不動産を購入する

 

または

 

②現地LLC(Limited Liability Corporation)で米国不動産を購入する

 

というパターンが考えられます。

 

①の場合は、日本法人の株主である日本人が死亡したとしても、日本法人の株式についての相続が発生したに過ぎず、当該株式の相続はあくまで日本法が適用されるのみとなりますので、プロベートを回避する方法として有用です。

 

一方、②はどうでしょうか。現地LLCの設立は、万一米国で訴訟を提起された場合の法的責任を米国内にとどめ、日本に及ぼさせない方法としてメリットがあるため、それなりに活用がされています。そのLLCも、①と同じように、LLCに不動産を所有させるだけで米国の相続制度が適用されないと考えてよいのでしょうか?

 

答えはNoです。州により異なりますが、現地LLCの持分を有するオーナーが死んだ場合、LLCの持分について米国内で相続が発生したとして、プロベートが適用されるリスクがあると一般的に言われています。

 

◆現地LLCのリスクとその対応策

そこで、LLCの「Operating agreement」で、あらかじめLLCのオーナーが死亡したときに、個人やトラストなど、その持分をだれへ自動的に承継させるかを定めておけば、プロベートの適用を回避することができます。

 

「Operating agreement」(運営契約)は、株式会社でいう株主間契約のようなもので、LLCの運営や持分権者の権利関係等について定めたもので、LLC設立時に作成されるものです。これからLLCを設立して不動産を所有される方は、上記の点を踏まえたドラフティングをされることをお勧めします。

 

また、LLC設立後も、Operating agreementを改定することは問題なく認められています。既にLLCを通じて米国不動産を所有されている方は、Operating agreementを見直し、プロベートに対応した定め方をしているか確認してみてください。

プロベートを回避して「カリフォルニアの銀行口座」を相続する

◆プロベート手続に巻き込まれることによるデメリット

投資先としてのアメリカは、力強い経済成長やドルの強さに支えられた魅力的な投資先といえます。しかし、万一アメリカで財産を所有されている方が亡くなってしまうと、アメリカ特有の遺産相続手続である「プロベート手続」によって、相続に多額の費用と数年間の時間を費やす可能性があります。

 

大幅な円安時期となっている昨今のような状況の中で、機動的に相続財産を売却したい、相続したドルを日本円に両替したいと思っても、数年間を費やしてしまっては、そのチャンスを逃すことになってしまいます。また、故人が数年前に亡くなったにもかかわらず、相続を未だに終えることができないというのも、残された遺族の方々にとって精神的負担が続くこととなります。

 

◆カリフォルニア口座の相続についてよくある質問

これまで弊所では、生前にTODDやPOD(Payable On Death:死亡時支払制度)を設定することで、プロベート手続を回避する方法をご紹介してきましたが、カリフォルニアの銀行口座の所有者が亡くなった後に、相続人の方が弊所に相談に来られるケースが多いです。例えば、以下のような相談があります。

 

夫が日本で死亡しました。夫はカリフォルニアに赴任をしていた時期があり、その時にカリフォルニアの銀行で口座を開設していました。日本帰国後もそのままにしていて、今に至ります。銀行にPODの手続はしていません。大した金額は残っていないのですが、やはりプロベート手続が必要になるでしょうか。もっと、早く銀行の残金を回収できる方法はないでしょうか?

 

ここでの問題は、通常、PODをしていないと、銀行口座残高を相続するにはプロベートが必要になりますが、カリフォルニア州でプロベート以外の手続が用意されてないのか?という点になります。

 

◆少額のカリフォルニア銀行口座を相続する方法

その答えはYesです。カリフォルニア州では、少額の資産であれば、短期間で相続できる方法として以下2つの手続が用意されています。

 

➀宣誓供述書による方法(Small Estate Affidavit)

 

遺産の合計価額が166,250ドル(2022年4月1日以降の死亡の場合は184,500ドル)以下の場合には、相続人による被相続人の死亡証明書等を添付した宣誓供述書の作成によって、プロベート手続を回避して相続することが可能です。作成した宣誓供述書は裁判所を通すことなく、金融機関等に提出します。なお、被相続人の死亡から40日間はこの手続は利用できません。

 

※ただし、この手続は不動産の相続には使用できません。相続財産に不動産が含まれる場合、次の②の方法を検討することとなります。

 

②請願書による方法(Small Estate Probate Procedures)

 

遺産の合計価額が166,250ドル(2022年4月1日以降の死亡の場合は184,500ドル)以下の場合には、裁判所に不動産の鑑定書等を添付した請願書を提出することによってプロベート手続を回避し、裁判所の決定によって不動産等の相続財産を取得することが可能です。なお、①と同じく、被相続人の死亡から40日間はこの手続は利用できません。また、①と比べると、他の相続人へ裁判所から通知を出す必要があるなど、時間を要するようです。

 

以上の手続は、プロベート手続に比べれば、相続までの日数や費用を大幅に削減することができます。ただし、特に上記①については、対象銀行の窓口担当者との直接のやり取りが生じ、必要書類を様々求められます。そのため、日本国内に居住される相続人の方のみで行うには大変な困難が生じます。

 

実際の例ですが、関与していた大手の法律事務所がアメリカの銀行と連絡・折衝に苦戦した挙句、ついにギブアップしてしまい、困り果てて筆者の事務所に駆け込まれた方もいます。前任の弁護士は最後に「もう1つ書類があると完了なのですが…」とつぶやいていたそうです。

 

以上、2つの手続をご紹介させていただきましたが、相続人の相続財産が166,250ドル(2022年4月1日以降の死亡の場合は184,500ドル)を超える場合には、やはりプロベート手続が必要となります。

リビングトラスト、その他のプロベート回避策

不動産や銀行口座、証券口座については、プロベートを回避する法的手続が用意されています。しかし、TODDの制度がない州の不動産を購入した場合や、証券口座を有していてもアメリカ非居住者であるためにTODの手続を行えないこともあります。

 

そのような場合も含めて、以下のプロベート回避策も考えられます。

 

◆リビングトラスト

撤回可能信託(リビングトラスト、Revocable living trust)を作成し、不動産、銀行口座、証券口座を一律に信託名義に変更して(Fund)、プロベートを回避することが考えられます。

 

リビングトラストは、自身が信託設定者(Settlor)であり、かつ生存中は自身が受託者(Trustee)でもあります。そして、自身が亡くなった時のために、承継受託者(Successor trustee)を信託の中で指定しておきます。実際に受託者が死亡したときは、承継受託者がその権限において不動産の売却や金融機関への照会、納税等を行って、受益者(Beneficiary)への遺産の分配を行うこととなります。

 

これらの手続は全て非公開で行われるため、自身の遺産内容等を秘匿できることにメリットがあります。一方、プロベートは裁判手続であるため遺産内容等が公開されるデメリットがあります。

 

リビングトラストは、このように自身の資産を一律にプロベート回避させ、さらに非公開の手続で遺産分割が行える点でメリットがあります。ただし、承継受託者の選定が困難な場合があります。すなわち、承継受託者は、金融機関への問い合わせ等を行うことから、アメリカに居住していて、信託手続に対応できる者が望ましいとされています。その点で、親族が全員日本に住んでいて、英語が話せないという場合には、アメリカで承継受託者となってくれる者を探すことは困難です。もちろん、現地で承継受託者の業務を引き受ける業者(Professional fiduciary)もいますが、業者が弁護士を起用することもあり、二重に費用がかかることもあるので、慎重な判断が必要です。

 

また、アメリカでは、リビングトラストと遺言(Will)がセットで作られることが通常ですが、遺言(Will)だけではプロベートを回避することにはならない点に留意が必要です。遺言では、遺産を全て信託に承継させる旨を定め、また、信託名義に変更されていない遺産についても信託に含める条項(Pour-over will)を作成することが一般的です。

 

◆ジョイント・テナンシー

TODD以外の法的手続としては、そもそも不動産購入を夫婦等で行い、ジョイント・テナンシー(Joint tenancy)という形で所有することでプロベートを回避することも可能です。ジョイント・テナンシーは、一方が死亡した場合に、他方に完全な所有権が帰属する生存者権(Right of survivorship)が付されている点に特徴があります。

 

ただし、不動産を共同して購入することになるため、各人が50%ずつ資金の拠出をしないと、贈与税を課されるリスクがあることに留意する必要があります(名古屋地判平成29年10月19日、国税庁「ハワイ州に所在するコンドミニアムの合有不動産権を相続税の課税対象とすることの可否」参照)。

 

なお、生存者権が付されていない共有の形態としてTenancy in commonというものがあります。この場合、持分を有している者が死亡したときには、当該持分についてプロベート手続になるので注意が必要です。

 

 

中村 優紀
中村法律事務所 代表弁護士
ニューヨーク州弁護士

 

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