妻側の不満と折り合いのつかない売却価格
しかし、査定価格に妻側が納得せず、販売開始は大きく後ずれしました。美香さん側の主張は、筆者が割り出した売却価格が「500万以上安い」というものでした。
市況は上昇トレンドにあるとはいえ、+500万円というのは法外に高額な金額です。ただ、ここで止まっていては売却自体ができません。義之さんは早く売って清算したいと考えていたため、美香さん側の主張を取り入れ相場よりも高値で販売をスタートしました。
しかし案の定、1件の問い合わせもないまま3ヵ月、4ヵ月、5ヵ月と、時間ばかりが過ぎていくことになりました。
妻の狙いと婚姻費用の重圧
実は、今回のケースにおける妻側のねらいは、「婚姻費用」にありました。
「婚姻費用」とは、婚姻状態にある家族の生活費や生活の必需品にかかる費用です。別居状態にあるとはいえ、婚姻状態にある限り、この費用は弁護士から請求されます。
今回のケースでは、夫側に月額20万円の支払いが求められていました。
どこに住んでいるかも分からない妻子に多額の生活費を支払うということです。子供に感謝されることもないばかりか、会うことすらできない状況でした。それでも夫は「親としての責任だけは果たしたい」との思いから、「婚姻費用」の支払いを続けていました。
通常、「婚姻費用」は養育費よりも月額の支払いが大きくなります。そのため、夫妻の関係がこじれた際に、今回のケースにおける妻側のように、戦略的に離婚を先延ばしにし、「婚姻費用」の受け取りを長期化させようとすることがあります。
妻側の目的は、マイホーム売却による財産分与ではなく、「婚姻費用」の支払いを継続させることにあったのです。
月額10万円の養育費の支払いを「公正証書」で確約
妻側のこうしたねらいを認識した筆者と弁護士は、石井さん夫妻の妥協点を考え、義之さんにある提案をすることにしました。
筆者らの提案は、公正証書での養育費の支払いを確約するというものでした。
公正証書には、子供たちが20歳になるまで1人当たり月額5万円、2人合わせて月額10万円の養育費を支払う旨を記載し、さらに支払いが滞った際は勤務先への給与差し押さえの項目も追加することとしました。
そして義之さん側の弁護士は美香さん側の弁護士へ、このまま「婚姻費用」の支払いが続くと義之さんが困窮し、支払い遅延の恐れがあること、最悪の場合は支払いを拒絶してしまいかねないことを伝えました。その上で、夫婦関係の回復が見込めないのならば、子供に親としての責任だけは取らせて欲しい、と石井さんが考えているということも付け加えます。
養育費の算定表と義之さんの収入から照らし合わせると、月額10万円というのは基準額より高めの金額です。美香さん側の弁護士は、義之さんの誠意ある提案を真剣にとらえ、美香さんに折り合いをつけるよう交渉するといっていたそうです。
そして美香さんは、義之さんの誠実な対応と、公正証書による確約に納得した様子でした。そして、概ね相場通りの価格で物件の売却をスタートすると、ほどなくして買主が見つかり、無事に売却が決定しました。
子どもの未来を優先して考えたことが「不幸中の幸い」
離婚に至る原因は、どちらか一方だけによるものではありません。
筆者は義之さん側からの意見しか聞いていませんが、美香さん側が安易な離婚を拒絶し、婚姻費用の請求にこだわったのには、何かしらの原因があったのかもしれません。
不幸中の幸いといえるのは、石井さん夫妻が子どもの安定した生活を優先したことです。
今回のケースから得られる教訓は、お互いの選択と価値観の違い、そしてそれをどう共有するかが重要だということ。
大切なのは、感情ではなく理性で、夫婦2人の、そして子どもの未来を考えることです。