民事信託を利用する際に注意が必要な財産
(1)信託財産
信託財産は、信託法2条3項によれば、「受託者に属する財産であって、信託により管理又は処分をすべき一切の財産をいう」とされています。信託財産の対象としては、現金や、預金、不動産のほか、株式など様々な財産が考えられます。
信託法上、信託財産とする財産については特段の制限はないのですが、他の法律や実務上、信託財産にできない財産があります。また、信託財産とするうえで注意をしなければならない財産もあります。
(2)定期預金、外貨預金
預金を信託財産とする場合、預金債権は譲渡できないため(民法466条の5)、預金を一旦解約して現金化した上で、金銭を受託者に引き渡すことになります。ここで、定期預金については、解約すると普通預金に比べて有利な利息を受け取ることができなくなることがあります。外貨預金については、為替差損が発生したり、解約に期限や条件などが付されている場合もあります。
(3)農地
農地について、所有権を移転する場合には農業委員会の許可を受けなければなりません(農地法3条1項本文)。一方、信託の引受けにより所有権が取得される場合、農業委員会は許可をすることができないとされています(農地法3条2項)。したがって、農地は、信託財産にすることができないということになります。
(4)株式
ア.上場株式
上場株式について、証券保管振替機構による保管振替制度が利用されていますが、この場合、振替株式については、振替口座簿に記載することになります。もっとも、現状では、すべての証券会社が、受託者への名義書替えに応じるとは限りません。上場株式の信託については今後の課題ということになります。
イ.非上場株式
非上場株式については以下のようになります。一般に、中小企業のオーナーが、自社の株式を後継者に承継させるために信託する場合が想定されます。事業承継対策の一環としてなされることも多いところです。
信託においては、財産の名義が委託者から受託者に移転しますが、非上場株式では、譲渡制限が付されていますので、この場合の手続としては、まず、委託者又は受託者から会社に対して譲渡承認請求をし(会社法136条)、受託者と委託者が共同で会社に対し、株主名簿記載事項の記載の請求をすることになります(会社法137条2項)。
なお、この譲渡承認請求は一度行えば足ります。次に、受託者が、会社に対して、株式が信託財産に属する旨の記載の請求をすることになります(会社法154条の2第2項)。具体的には、株主名簿の各株主の備考欄に、「この株式は信託財産である」ことを記載しておくことになります。既存の株主名簿を応用すればよいので難しい作業ではありません。
なお、非上場株式については、もう一点注意が必要です。近時、事業承継対策として、いわゆる事業承継税制を利用する場合も増えています。事業承継税制は、後継者が、先代経営者から、非上場株式を贈与や相続により取得した際に、経営承継円滑化法による都道府県知事からの認定を受けると、贈与税や相続税が猶予又は免除される制度です。
株式を信託した場合には、この事業承継税制が利用できないので注意が必要です(租税特別措置法70条の7、70条の7の2)。
(5)借地権
借地権を信託財産とする場合、元の借地権者である委託者から、新たな借地権者である受託者に、借地権を譲渡することになります。また、借地権者は、借地権設定者の承諾を得なければ、借地権を譲渡することができず、これに違反して借地権を譲渡したときは、借地権設定者は、借地契約の解除をすることができることになります(民法612条2項)。この承諾を受けるためには、都市部では高額の『譲渡承諾料』を支払う必要があります。
(6)検討
以上のとおり、本人の財産として、定期預金や外貨預金、農地(田、畑)、上場株式、借地権がある場合、これらの財産を対象として民事信託を利用することについては検討が必要になります。
定期預金や外貨預金についてはリスクを加味して、借地権については譲渡承諾料の金額を加味して信託財産とするかどうかを検討することになります。上場株式は、証券口座のある証券会社に、信託に組み込むことができるかを問い合わせることになります。
上記の各財産について、信託財産とすることが難しいか、信託財産とすることができない場合は、任意後見の利用を検討することになります。
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