(※写真はイメージです/PIXTA)

50代の女性は、過去の不公平すぎる遺産分割について、遺留分の請求を行いたいと考えていました。それは自分のためだけでなく、老後も苦労を重ねている母のため。遺産の大半を相続した兄にかけ合おうと考えていますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

父親の財産は約5億円、大半を兄が相続したが…

今回の相談者は、50代の専業主婦の吉田さんです。すでに終了した父親の相続の件で相談したいと、筆者の事務所を訪れました。

 

吉田さんの亡き父親は公正証書遺言を残しており、それに基づいて相続手続きが行われました。相続人は吉田さんの母親、吉田さんの兄、そして吉田さんの3人です。

 

「父親の財産は、母と兄家族が同居する実家のほかに、貸店舗、貸宅地、アパート、私が夫と暮らす自宅、預金や株式等をはじめとする金融資産でした。合計約5億円程度です」

 

吉田さんによると、父親が遺した遺言書には、

 

妻 :150坪ある自宅の土地/建物

長女:現在暮らしている自宅の土地/建物

長男:残りの財産すべて

 

という遺産分割が書いてありました。

 

母親が相続した自宅不動産はおよそ5,000万円で、遺産総額の10%程度です。法定割合が50%、遺言書があるため遺留分は法定割合の半分の25%ですので、あと15%、7,500万円まで遺留分侵害額請求ができたということになります。

「遺留分侵害額請求」の知識がなかった母と長女

「父が亡くなった直後に、兄から公正証書遺言の存在を知らされました。ですが私には、両親と同居して、父の代わりに賃貸事業を仕切ってきた兄にはなにも言えなくて…」

 

相続の手続きも吉田さんの兄がすべて主導し、母親も吉田さんも、何も口をはさむことはできない空気だったといいます。

 

「知人に相続のことを話したら、〈あなた、黙ってお兄さんの言うとおりにしたの? それ、遺留分の請求ができるわよ!〉って、教えてくれたんです」

 

「母は、高圧的な父のそばでずっと我慢してきました。父が亡くなったら、今度は兄夫婦に押さえつけられて…。家は確かに母のものですけれど、高齢の母が売ってどこかに行くことなんてできないですよね。せめて母が自由にできるお金を、少しでも持たせてあげられたら…。だから兄に、母の相続分だけでも、お金を返してもらいたい」

 

筆者と提携先の税理士の前で、吉田さんは感情をこらえるように言いました。

 

ちなみに、吉田さんの相続した不動産も5,000万円程度。吉田さんの遺留分の割合は法定割合25%の半分の12.5%ですから、計算すると6,250万円。相続財産が5,000万円であるため、本当はあと1,250万円請求できたことになります。

 

しかし、「遺留分算定」となる財産の評価は一律にいかないところがあるのです。

相続財産の評価①…預貯金、上場株式の場合

相続財産の評価は、亡くなった日の時価とされています。金融資産のうち、預貯金はその日の残高となり、経過利息を加算します。定期預金も解約利息を計算して算出します。これらはすべて計算可能であり、結果も明確です。

 

上場株は価格が公開されおり、計算式も明確です。国税庁のウェブサイトでは、下記のように記述されています。

 

上場株式とは、金融商品取引所に上場されている株式をいいます。

 

上場株式は、その株式が上場されている金融商品取引所が公表する課税時期(相続または遺贈の場合は被相続人の死亡の日、贈与の場合は贈与により財産を取得した日)の最終価格によって評価します。

 

ただし、課税時期の最終価格が、次の3つの価額のうち最も低い価額を超える場合は、その最も低い価額により評価します。

 

イ 課税時期の属する月の毎日の最終価格の月平均額

ロ 課税時期の属する月の前月の毎日の最終価格の月平均額

ハ 課税時期の属する月の前々月の毎日の最終価格の月平均額

 

なお、課税時期に最終価格がない場合やその株式に権利落などがある場合には、一定の修正をすることになっています。

 

以上が原則ですが、負担付贈与や個人間の対価を伴う取引で取得した上場株式の価額は、その株式が上場されている金融商品取引所の公表する課税時期の最終価格によって評価します。

 

上場株式の価額は、「上場株式の評価明細書」を使用して評価することができます。

 

出所:国税庁「No.4632 上場株式の評価」

 

よって、預貯金や株式などはだれが評価しても同じ金額になります。

相続財産の評価②…遺留分も「時価」での評価が可能

預貯金や上場株などは、だれが評価しても金額の違いはありませんが、「不動産」のなかでも土地の評価の仕方には、いくつかの方法があります。土地評価の主な方法は、

 

①固定資産税評価額

②路線価

③地価公示価格

 

の3つになります。

 

①固定資産税評価額

固定資産税評価額とは、固定資産税の基準とされる価格です。固定資産税評価額は一般に時価よりも安く、流通価格である地価公示価格の7割程度とされています。

 

②路線価

路線価とは、相続税・贈与税算出時の基準価格を言います。この路線価についても時価より安く、地価公示価格の8割程度といわれています。

 

③地価公示価格

地価公示価格とは、国土交通省が公示する価格で、市場で売買がおこなわれる場合に、成立すると想定される価格を言います。

 

こうした価格のうち、遺留分の算定に使われるのは主に売買される「時価」の想定額で、路線価評価よりも高くなるのが一般的です。

 

この「時価」を遺留分の算定基準とするなら、母親や吉田さんの遺留分の額は増える可能性が高くなります。

 

高額な土地などの場合はとくに、固定資産税評価額や路線価をそのまま使うと、不動産の評価額が時価よりも安くなりがちです。そこで、遺産分割調停や遺留分調停の現場では、当事者間において、固定資産税評価額等を一定割合で割戻した額(例えば固定資産税評価額を7/10で除した額)を時価として合意をすることがあります。

 

また、同じく調停においては、これらの評価方法を使わずに、不動産業者による不動産の査定をおこない、双方が査定書を証拠として提出した上で、双方の査定額の中間額を時価額とする場合もあります。

とはいえ、8年も経過してしまっては…

父親の財産額からすると、本来であれば母親は2分の1の権利があり、2億5,000万円の財産を相続しても相続税はかかりません。2人きょうだいであることから、法定割合の4分の1である1億2,500万円が、吉田さんの相続分でした。法定割合通りであれば、もっと多く相続できたはずです。

 

しかし話を聞くと、父親が亡くなったのは8年前。遺留分侵害額請求も時効となり、いまさら請求はできません。

 

しかも、遺留分侵害額請求は個々に本人が、侵害された相手に文書で請求しなければなりません。母親も吉田さんも請求できることを知らなかったそうですが、それでも1年以上過ぎた場合は請求できないのです。

 

「もっと早く知っていれば…」

 

吉田さんは涙をこぼしました。

 

相続の知識がないと、大げさな話でなく、人生のチャンスを失うことになりかねません。これは、非常にもったいないことです。

遺留分侵害額支払請求権の「2つの消滅時効」

遺留分侵害額支払請求権とは、亡くなった人の財産について、遺留分を持つ相続人が、自分の遺留分に満たない分をお金で見積もり、その支払いを受遺者や受贈者に請求できる権利です。

 

2018年7月の民法改正で新設された権利で、2019年7月1日から使えるようになっています。

 

●遺留分権利者が、贈与または遺贈があったことを知ってから1年間

●相続開始から10年間

 

2つの期間のうち、どちらかが先に完成することで、遺留分侵害額支払請求権が消えます。もうひとつの期間は、出る幕がなくなります。消滅時効期間にかからないようにといいます。

 

今回のポイント

 

遺言書により遺留分を侵害されたと知った場合、1年以内に遺留分侵害額請求をします。

 

遺留分請求は亡くなってから1年が原則であり、過ぎてしまえば請求できません。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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