中国が作り出している「ニューノーマル」
中国は、台湾周辺での軍事活動を一段と活発化させており、特に、台湾国防部によれば、2020年9月以降、中国軍機による台湾南西空域への進入が増加している。その一連の活動を通じ、中国は訓練、情報収集・警戒監視に加え、台湾及び国際社会に対する軍事的圧力、平素からの台湾への消耗戦の実施、実戦能力向上などを企図しているものとみられる。
また、2021年8月17日、中国軍東部戦区は、台湾本島南西・南東周辺の海空域において統合火力強襲などの実動訓練を実施したと発表し、この目的を「外部勢力による干渉と台湾独立勢力による挑発への厳正な回答である」と説明した。
そのような中、米国のペロシ下院議長は、2022年8月2日夜、台湾訪問のため台北松山空港に到着した。その対抗措置として中国軍は、4日正午から4日間にわたり、台湾を包囲するかのように6か所の演習区域を設定し、第3次台湾海峡危機(1996年)以来となる大規模軍事演習を実施した。
演習では、台湾北方、東方、南方の各海域に向けて弾道ミサイル「東風」9発(台湾側発表は11発)を数回に分けて発射し、そのうちの5発(上記要図⑤、⑥〜⑨)は日本の排他的経済水域(EEZ)内に撃ち込まれた。
その後も軍事演習を継続し、中国軍機は、台湾海峡中間線を越えて台湾側への侵入を繰り返しており、事実上の中台軍事境界ラインを無視して台湾により近い場所で軍事的な圧力を継続させる「新常態(ニューノーマル)」を作り出し、力による現状変更を図ろうとしている。この一連の事態は、「台湾本島侵攻の予行演習」や「第4次台湾海峡危機」とも呼ばれている。
このように、近年、中国が、台湾周辺の海空域などにおける着上陸・戦力投射訓練の実施を、台湾及び国際社会に対するけん制と絡めて発信する事例が顕著になっている。台湾周辺での中国側の軍事活動の活発化と台湾側の対応次第では、中台間の軍事的緊張が一挙に高まる可能性も否定できない緊迫した状況が続いている。
こうして中国は、尖閣諸島や台湾を焦点に軍事活動を行う地域を意図的に作り出すとともに、活動の「常態化」を通じて警戒感を低減させつつ消耗戦や対応疲れを狙っているものと見られている。
そして、今後、不測の事態が生起するか、あるいは好機到来と判断すれば、日台や米国の隙を突いて一挙に軍事活動へとエスカレートさせるリスクがあると考えておかなければならない。
「軍事活動への“短時間”での移行」について
中国は、東シナ海の尖閣諸島、台湾、南シナ海そしてインドとの国境で、領土的野心を露わにしている。2020年6月に中国とインドの国境付近で発生した両国軍の衝突は、中国が自国周辺の領有権主張を巡り、一段と強硬姿勢をとるリスクを浮き彫りにした。
また、その衝突によって、中国が国境付近の現状を変えるため、現場の比較的小規模な小競り合いを利用してごく短時間に軍事行動へ移行することも明らかになった。
また、ロシアがウクライナへの軍事侵攻で「泥沼」に嵌っている状況に鑑み、中国が尖閣や台湾侵攻を発動する場合、自衛隊や台湾軍そして米国をはじめとする国際社会の支援の機先を制するという意味から、侵攻の準備と実行を素早く、電撃的に行う「作戦の迅速化」がいかに大事かを理解したに違いない。
つまり、中国の尖閣諸島や台湾を焦点とする着上陸侵攻は、「Short, Sharp War」(迅速侵攻・短期決戦の激烈な戦争)になると見られている。