日本と台湾に内在化する脅威
(1)対日本工作
米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は2020年7月末、「日本における中国の影響力」についての調査報告書を発表した。中でも、中国の沖縄工作が注目されている。同報告書は、中国が世界中で展開する戦術には、中国経済の武器化(取引の強制や制限)、ナラティヴ(作り話)による自国優位性の主張(虚偽情報とプロパガンダ)、エリート仲介者の活用、在外華人の道具化、権威主義的支配の浸透などがあるという。
こうした工作を、中国は日本に対しても行い、表向きの外交から、特定個人との接触とその隠ぺい、強制、賄賂による買収(3C:Covert, Coercive, and Corrupt)を用いているとしている。
特に、尖閣諸島を有する沖縄県は、日本の安全保障上の重要懸念の一つであり、米軍基地を擁するこの島で、外交、ニセ情報、投資などを通じて、日本と米国の中央政府に対する不満を引き起こしていると指摘している。
また、同報告書は、中国共産党が海外の中国人コミュニティに影響を与えるために使用する多くの方法の一つが中国語メディアであり、日本における同メディアを通じた中国の影響力の最も重要なターゲットは沖縄だと指摘する。
この件については、日本の公安調査庁も年次報告書『内外情勢の回顧と展望』(2015・17年版)において、中国官製メディアの環球時報や人民日報が、日本による沖縄の主権に疑問を投げかける論文を複数掲載していることを取り上げ、沖縄で中国に有利な世論を形成して日本国内の分断を図る戦略的な狙いが潜んでいると指摘し、今後の沖縄に対する中国の動向に注意を喚起している。
このように、中国が沖縄に「独立宣言」をさせる工作を進め、中国に取り込む可能性があるとの懸念が広がっている。
(2)対台湾工作
近年、台湾では、中国のスパイ活動が政治、経済、国防や情報、文化、イデオロギーなどあらゆる分野に浸透し、特に民進党政権となって以降、その活動が一段と強化されている。
台湾で暗躍する中国のスパイの数は、5000人以上と見られ、蔡英文総統は2019年1月、政府の捜査機関、法務部(法務省)調査局の式典で「昨年は(スパイ行為など)国家安全に関わる事件で計52件、174人を摘発した」ことを明らかにし、「(台中)交流活動を名目に情報収集をしたり、台湾にスパイ組織を構築したりするケースがある」(以上、括弧は筆者)と中国当局による諜報活動に強い警戒感を示した。
そのような中、2022年には、「台湾史上最大のスパイ事件」と呼ばれる「張哲平事件」が発生した。張哲平氏は2021年6月まで国防部(国防省に相当)のナンバー3である副部長(国防次官)を務めた空軍上将で、中国側のスパイと接触し、機密情報を漏らした疑いがあるとして、台湾の情報機関と治安当局の捜査対象となっていた。
さらに、台北地方検察署(地検)は、この事件にかかわったとして、張氏の元部下で台湾空軍の退役少将と陸軍の退役中佐の2人を国家安全法違反の罪で起訴した。翌2023年1月年明け早々には、台湾軍の部隊配置や軍用機・軍艦の性能に関する情報を中国側に漏洩した「国家機密保護法」違反などの容疑で台湾空軍の元大佐1人と海・空軍の現役将校3人の計4人が検挙された。
このように、台湾の軍幹部が中国情報機関の協力者となったスパイ事件は毎年のように発覚しており、中国側の浸透工作が軍首脳にまで及んでいる事態の深刻さが明らかになり、台湾社会に大きな衝撃を与えている。