(※写真はイメージです/PIXTA)

あるバツイチの女性は、仕事先で出会った同性代の女性と意気投合し、いつしか家族のような共同生活を始めました。平和な毎日が続いていましたが、同居女性の病気が発覚。病状が進んだ同居女性から、「私が死んだら、これをあげる」と通帳を見せられましたが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

境遇の近いシニア女性、穏やかな共同生活を送る

今回の相談者は、60代パートタイマーの女性、太田さんです。特殊なケースの相続について相談に乗ってほしいとのことで、筆者の事務所を訪れました。

 

太田さんは20代で離婚をしてからずっと、販売員や清掃などの仕事を転々としながら、ひとりで生活してきました。7年前、清掃会社の現場で一緒になった同世代の女性、高橋さんと意気投合。交流を重ねるうち姉妹のように親しくなり、共同生活を始めました。

 

「私も高橋さんもDVによる離婚を経験していて、境遇が似ていました。そのため気持ちがよくわかって、一緒にいて安心だったんです」

 

高橋さんは元夫のところへ娘を残してきという、そこが唯一の相違点でした。

同居女性の病気発覚後は、献身的な介護を…

太田さんと高橋さんは財布を一緒にして生活していましたが、とくに不便も不満もなかったといいます。

 

ところが2年前、高橋さんが体調不良を訴えて検査をしたところ、治療が必要な重い病気が判明しました。太田さんは入退院を繰り返す高橋さんに寄り添い、献身的な介護を行いました。

 

「高橋さんの娘さんはお嫁に行っていました。親子関係は悪くなくて、たまに連絡を取っていました。でも、お母さんの状況はよくわかっていたはずですが、家族の世話や仕事があるといって、なかなかお見舞いにも来てもらえなかったのです…」

 

高橋さんの娘は、母親と電話するたび太田さんに電話を代わるよう頼み、電話口でお詫びと感謝の言葉を伝えていたそうです。

「私が死んだら、このお金をあげる」

高橋さんは、入院を繰り返すたびに弱っていきました。

 

「あるとき、私を呼んで通帳を見せてくれたのです」

 

太田さんが見せられた大手銀行の通帳には、約500万円の残高がありました。

 

「高橋さんはそれを〈結婚するときに親からもらったお金と、離婚するときに持ち出した自分のへそくり〉だといいました。万一のときのためと思って、決して手を付けなかったそうです」

 

高橋さんは太田さんに、「あなたにはとてもお世話になったから、私が死んだらこのお金をあげる」といいました。

 

「亡くなる少し前、入院先に強引に娘さんを呼び出すと、私の前でハッキリといったんです。〈このお金は、ずっとお世話になった太田さんに差し上げる。いいね、遺言書も残しておくからね〉と…」

 

高橋さんの娘は、何度も大きくうなずきながら、太田さんの両手を強く握り、

 

「母のこと、ありがとうございます。どうかよろしくお願いします」

 

と、涙ながらに頭を下げました。

「急いで、手続きを行いますね」

退院後、しばらくは穏やかな毎日が続きましたが、あるとき、太田さんがパート先から戻ると、高橋さんは意識を失って倒れていました。慌てて救急車で病院に搬送しましたが、残念ながら、意識が戻らないまま亡くなりました。

 

仕事先から病院に駆け付けた娘は、ベッドに横たえられた母親の姿を見ると泣き崩れ、太田さんが支えていないと立っていられないほどでした。

 

その後、葬儀の手続きなどを行うため、娘は太田さんと母親が暮らしていたアパートに上がり、母親の身の回りの整理を行いました。

 

「高橋さんが使っていたドレッサーから、例の通帳が出てきたのです。そこには、〈遺言 すべて太田さんに差し上げます〉と書かれた〈遺言書〉が挟まれていました」

 

高橋さんの娘は、それを大事そうに手に取ると、「この遺言で、手続きをしますね」といい、太田さんの銀行の口座番号をメモすると、急いで自宅へと戻っていきました。

音信不通となった娘、遺言の役割を果たさないメモ

「それから3カ月経ちましたが、音信不通の状態です。電話にも出てもらえず、不安になって、図書館で相続の本を読みましたが、よくわからなくて…」

 

太田さんが「遺言書」といっていた用紙は、高橋さんの娘が持ち去っています。ただ、携帯電話で写真を残しているとのことで、筆者と提携先の弁護士は、まずそれを見せてもらいました。

 

すると、花模様のかわいらしい便せんに、おそらく黒のボールペンで、

 

「遺言 すべて太田さんに差し上げます 高橋弘子」

 

とだけ書かれたメモが接写されていました。

 

しかしこのメモには、日付も印鑑もありません。遺言書の基準を満たしていないため、現物が手元にあったとしても、遺言書としての役割を果たしません。

「相手の言葉を信じたばかりに…」

「残念ながら、このメモを見る限り、遺言書の体裁をなしていないため、目的は果たせないと思います」

 

弁護士がそのように太田さんに伝えると、太田さんは頭を抱えてしまいました。

 

亡くなる前なら、贈与をしてもらうといった方法もありましたが、「遺言書を書いたから大丈夫」という言葉を信じたばかりに、このような結果になってしまいました。

 

現状では、法定相続人である娘に、ただの同居人だった太田さん勝つ方法はありません。亡き高橋さんが、病床で太田さんと娘を前に話した「すべてを太田さんに」という言葉も、「知らない」としらを切られてしまえばどうしようもないのです。

法的対抗措置はなし、心情に訴えるしかないが…

法律的な要件では対抗できないため、本件では心情的に訴えていくしかありません。極めて厳しい状況ですが、高橋さんの介護や身の回りの世話をしてきたのは事実であるため、弁護士を通じ、介護の貢献があることから、それなりの考慮をしてもらえないか、とりあえず交渉してみることになりました。

 

思い通りの結果が出る可能性は低いですが、納得するためにも、まずは試みるということで、太田さんは納得されました。

 

生前のご相談なら、高橋さんに遺言書を作成してもらう、生前贈与してもらうといった方法が取れたのにと、筆者としても残念でなりません。

 

家族同士でも、相続に関する口約束が果たされず、トラブルになることは珍しくありません。今回のような、友人同士といった特殊なケースではなおさらです。そのようなことからも、事前にある程度の法的知識を得て、「こんなはずでは…」という、残念な着地とならないよう、準備しておくことが重要なのです。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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