(※写真はイメージです/PIXTA)

借地の上で、3代にわたり商売を営んできたある家族ですが、母親が亡くなり代替わりした際、相続税が課税されなかったことから、とくに手続きを行うことなく、なんとなく時間が過ぎてしまいました。しかし、資産状況によっては、名義書き換えなどが必要になり、放置するとあとあと面倒なことになる可能性があるのです。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

あいまいなまま放置された、母親の相続

今回の相談者は、60代の鈴木さんです。10年前に亡くなった母親の相続について懸念していることがあるとのことで、筆者のもとを訪れました。

 

「私は4人きょうだい末っ子で、長女、長男、二男がいます。私以外は、みんな70代になりました。じつは、10年前に母が亡くなったとき、何の手続きも行っておらず…。それが原因で、大きな問題が起こるのでは、と心配しています」

店舗を建設していた土地は「祖父の代からの借地」で…

鈴木さんの実家は祖父の代から米屋を営んでいました。その後は鈴木さんの父親が家業を引き継ぎ、父親が亡くなったあとは、財産のほとんどを母親が相続しました。

 

鈴木さんの母親の財産は、父親から相続した店舗兼自宅ですが、土地は借地です。80坪の広さで、店の奥と2階を家族の住まいとしていました。敷地内にアパートも建築し、賃貸業も行っていました。

 

15年前、商売を継いでいる長兄の主導で、古くなった自宅兼店舗を4階建てのビルに建て替えました。1階が米店、2階、3階は賃貸マンション、4階が自宅です。

 

建て替えるとき、長兄が銀行から借入をして、自分名義で建てると説明されていましたが、あとから母親が頭金を出したと聞きました。

新築したビルは長兄名義だが、借地の名義は?

相談を受けた筆者は、提携先の専門家に該当のビルとアパートの登記簿を取得してもらい、みんなで確認しました。土地は借地ですので、地主さん名義です。

 

すると、アパートの建物は亡くなった母親名義のままであり、建て直した現在のビルは長男の説明通り長男名義となっています。母親が頭金を出したというものの、建物に母親の名義は入っていませんでした。

 

この登記簿から推測するに、鈴木さんの予想通り、母親の相続手続きはまだされていないと思われます。母親が亡くなった15年前、相続税の基礎控除は「5,000万円+相続人1人あたり1,000万円」だったため、9,000万円もありました。自宅があるエリアは借地権が60%の地域ですので、自宅とアパートの借地権と預金など合わせても、相続税の基礎控除以内で、相続税の申告は不要だったと思われます。

 

相続が発生した際には、借地権を相続しますが、建物の相続登記をすることで借地権も保全したことになります。

 

もしそのとき、相続税の申告が必要だったなら、おそらく税理士や司法書士などの専門家が入り、借地権の名義書き換えについて適切なアドバイスがあったでしょう。しかし、申告不要の場合は、税務署にはなにも提出する必要がないため、専門家の意見を聞く機会はありません。

 

鈴木さんの母親の相続が発生した当時は、建物の名義変更の期限が設けられていませんでした。そのため、母親が亡くなってからの15年間、ずっと放置されてきたものと推察されます。しかし、いまでは被相続人が亡くなってから3年以内に相続登記をすることが義務付けられましたので、早々に名義替えをする必要が出てきました。

10年前の母の相続、これから遺産分割協議が必要に

実家の建物を建て替えるとき、母親名義の建物を壊し、長兄名義にしていることから、借地契約もやり直した可能性もあります。そうでなければ、母親が亡くなったあとの地代の支払いを長兄が行っているはずです。

 

「兄が米屋を継いだのだから、長兄が財産を継いで当然だと思っています。でも、母の遺産だった借地権について、きょうだいで話し合ったことがありません。私は不動産のことはよくわかりませんが、このまま放置したら、問題が起こるのではないかと思いまして…」

 

筆者は、アパートの建物の名義も変わっていないことから、遺産分割協議ができていない可能性がある旨を指摘し、あらためて行う必要があるとアドバイスしました。

 

米屋を継いだ長男は、自分名義のビルが建ち、自身で地代も払っているから、「借地も自分のもの」という感覚なのでしょう。しかし、自分名義の建物が建っているからといって、借地権が自動的にその人に移行するわけではありません。借地権の相続にはきょうだいの合意を得たうえで、手続きをする必要があるのです。

 

これからきょうだい4人で財産の分け方を決めることになりますが、本件では相続税の申告が不要なため、やるべきなのは、「実家の土地の借地権をきょうだいでどのように相続するかを決定する」「建物登記を変える」という点に絞られます。

親の借地権を「子が無償で利用した場合」の法的な扱い

権利金などの支払が一般的となっている地域において、借地人から土地を又借りして家を建て替えるときには、又借りをする人は借地人に権利金や地代を支払うのが通例です。

 

しかし、親の借地に子どもが家を建て替えたとき、子どもが親に権利金や地代を支払うことは、通常はありません。

 

このように、親の借地権を、子どもが権利金や地代を支払うことなく無償で使用した場合には「借地権の使用貸借」となります。親の借地を使用貸借して子どもが家を建て替えた場合の贈与税と相続税については、以下のとおりです。

 

◇贈与税の課税

 

借地権の使用貸借により借地を使用する権利の価額はゼロとして取り扱われていますので、子どもに贈与税が課税されることはありません。

 

この場合、「借地権の使用貸借に関する確認書」を使用貸借で借り受けている者の住所地の所轄税務署長にすみやかに提出します。

 

この確認書は、借地権を使用する子どもと借地人である親と地主の3人が、その借地権を使用貸借で又借りしていることを連名で確認するものです。

 

なお、借地権の貸借が使用貸借に当たらない場合には、実態に応じ借地権または転借権の贈与として贈与税がかかる場合があります。

 

◇将来相続する際の相続税の課税

 

使用貸借されている借地権は、将来親から子どもが相続する時に相続税の対象となります。相続税の計算のときのこの借地権の価額は、他の人に賃貸している借地権の評価額ではなく、自分で使っている借地権の評価額となります。

 

長男は家を建てたときに贈与税の申告はしていませんので、本来なら、母親が亡くなったときに相続税の課税対象となるはずでしたが、幸いにして相続税はかからない範囲でしたので、その点は問題ありません。残るは借地についての遺産分割協議だけが課題であるということが明確になりました。

 

鈴木さんにこうした説明をしたところ、「きょうだい全員に説明をして、早々に遺産分割協議をして母親の相続をすっきりと終わらせたいです」といっていました。

 

このように、不動産の名義があいまいなまま放置されて時間が経過すると、のちのち権利関係が複雑化していきます。借地権が絡むとなおさらです。

 

これらをすっきりとさせ、将来のトラブルを予防するためにも、名義変更は速やかに行っておくことが重要なのです。

 

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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