(※写真はイメージです/PIXTA)

経済成長を知らない世代が関心を寄せる「脱成長」「経済成長は要らない」という声が大きくなっています。経済成長のない「脱成長」では恐ろしいことが起きることが予想されます。ジャーナリストの田村秀男氏が著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

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経済成長のない「脱成長」世界で起きること

■経済成長を否定するマルクス主義

 

「脱成長」「経済成長は要らない」という意見が、なぜか最近では大きな声になってきています。そのような考え方は、基本的にマルクス経済学の影響を受けたエコノミスト、評論家に多いですね。

 

最近、話題になっている若手のマルクス主義の論客、斎藤幸平氏のベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)について触れましょう。

 

斎藤氏はかのカール・マルクスが晩年に構想した「脱成長コミュニズム」が将来社会を考えるために武器になると強調しています。斎藤氏によれば、この「マルクスの構想」なるものは、ゲルマン民族のマルク協同体や「ミール」と呼ばれていたロシアの伝統的な協同体のことのようですが、〈協同体では、同じような生産を伝統に基づいて繰り返している。つまり、経済成長をしない循環型の定常型経済であった。〉と『人新世の「資本論」』で説明されています。

 

しかし、経済成長のない「脱成長」の「協同体」で、真っ先に思い浮かぶのは、深沢七郎の小説『楢山節考』の世界です。農業労働のできなくなったお年寄りは「姨捨山」に放置される。無理もありません。限られた食料生産のもとで、現役世代の食い扶持を確保するためにはそうせざるを得ないのです。

 

そんな「定常型経済」では子供を何人もつくるわけにはいかないので、「間引き」が行われるでしょう。成長のない協同体で皆が仲良く平和に暮らすことは文学的な理想にすぎず、じつに残酷で悲惨な日常になるのです。

 

私も高知県の山あいで生まれ、育ったのですが、小さいころに小柄で中年の男性がねじれた足腰で杖をつきながら歩いている姿に出くわしました。近所の方に「あのおじさんはどうしてそうなったの」と聞くと、「あの人は生まれたとき、親が『この子は食わせられない』と思って、ねじり殺そうとした。

 

でも、あまりにもむごいので途中で手を止めたんだよ」とのこと。幼いながらたいへんなショックでした。貧しさから抜け出せないという社会は残酷で、人権もないのです。

 

かの共産中国ですが、20年ほど前に内陸部や沿岸部の大都市に行くと、片足の膝から下がない少年が物乞いをしている光景をよく見かけました。親が幼子の足を切断したのです。足が不自由なことで通行人の同情を買うわけですが、こうしたことは中国では古くからよくあることだそうです。

 

伝統的な農村社会が国全体で大きな比重を占めていたのがロシアや中国です。そこはもともと協同体の上に専制君主が君臨し、そのもとに諸侯・貴族と官僚が既得権益層を構成し、民を搾取していました。村や協同体はその現状維持の単位群だったのです。そんな風土のもとに共産主義ソ連や共産党独裁中国が生まれました。

 

自国の膨張のためには国際ルールを踏みにじって他国を侵略し、人々を虐殺・略奪する現在のプーチン・ロシアはそんな伝統の延長上に位置するのです。同様に共産中国においては国際ルールも人権も何もあったものではありません。

 

斎藤氏は「マルクス流共産主義社会でもある脱成長の循環型社会が、地球環境保全の理想を実現する」という考えのようですが、マルクス主義のいう、資本の私的所有を全面否定する資本の共有制は、モノやサービスの価値を労働投入量や重量でしか表わすことができず、無駄と廃棄物の固まりをつくり出してきたのです。

 

1980年代末のベルリンの壁崩壊後、旧東ドイツに取材に行きましたが、現地は産業廃棄物で汚染された工場だらけで、再生どころではありませんでした。国有企業による環境投資は皆無、汚染物は垂れ流し放題だったのです。

 

しかも、旧東ドイツの官僚や事業者、労働者には環境保全のみならず省エネ、生産効率の概念が欠如しており、その意識改革をどうするかで旧西ドイツ側は途方に暮れていました。

 

脱成長で人々は幸福になり、環境もきれいになる、グリーン社会が到来することはもとよりあり得ない。これは前述したとおりです。しかも、共産主義・脱成長という組み合わせは人類と地球の双方を破壊するニヒリズムそのものです。

 

将来世代に希望をもたらし、老後世代の生活を保障する基盤は、経済成長によってこそ確保されるのです。収益機会を貪欲に追求する資本主義は強欲主義という負の側面を伴いつつも経済成長とダイナミズムを醸成するのです。まず経済のパイが拡大することを前提に、市民社会のルールあってこそです。

 

強欲性は自由な市民社会が制御します。人権、法の前の平等、機会の公平、表現の自由、政治の自由、自由投票といった民主主義制度の市民社会が不可欠であることはいまや万人の知恵なのです。経済成長を否定し、ゼロ成長で事足れりとする考え方は、既得権益層のエゴイズムでしかありませんが、それを主張するのも自由、筆者のようにそれを強く批判し、成長を訴えるのも自由なのです。

 

権力層が人、カネ、モノを支配し、反対する者の口を封じ、強制収容所送りにする旧ソ連や中国の共産党は、「マルクスの理想」とはかけ離れているとの反論もあるでしょう。

 

しかし、マルクスの説く生産手段の社会的共有という抽象的な概念にだまされてはなりません。膨大な数の巨大な生産設備を独占する場合、絶対的な政治権力抜きでは不可能です。コミュニズムという思想そのものが独裁主義を必然的に生み出し、社会や環境を壊し、引いては破滅的な戦争を引き起こすのです。

 

ロシアのウクライナ侵攻に限らず、さらには台湾、沖縄県尖閣諸島をはじめ、有事をいつでも引き起こしかねない共産中国の独裁者、習近平党総書記・国家主席の危険性に留意すべきなのです。

 

田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員

 

 

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本連載は田村秀男氏の著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)より一部を抜粋し、再編集したものです。

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