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院内で集団感染の非常事態の結果
そこでまず6人の副院長を集め、病院経営について対話をしてもらうことにしました。最初に全員の口から出てきたのは「私を副院長にしてほしいなんて頼んでいない」という言葉でした。そして「経営のことは分からないし、知る気もない」「そもそも病院は利益を出してはいけないのではないか」「患者の治療以外に時間を取られたくない」「あの理事長が変わるなんて信じられない」という発言が相次ぎました。
とはいえ、誰もが自分たちの病院が良くなることを望んでいました。そこで毎月1回集まって病院の未来やリーダーとしてのあり方、ビジョンについて探求し、対話をしてもらったのです。その結果「理事長、院長、事務長を順番に副院長会に招いて対話する」というところまで話が進みました。
副院長たちが経営トップ層と丁寧に対話をしたところ、良い病院にしたい、看護師の離職を減らしたいという共通の思いを確認することができました。そこで、経営合宿を行うことになったのです。当直の心臓外科担当の医師を除いた5人の副院長と理事長が、クリスマスを返上して、一泊二日で院内のさまざまな課題を検討しました。
この合宿を機に副院長たちの意識は大きく変化しました。「病院を変えられるのは私たち、副院長だけではないだろうか」という発言が出るようになったのです。そして、大きな組織を一人で担って疲弊していた理事長との関係の質が、明確に向上しました。
6人の副院長には経営の基本的な知識と、コーチングマインドを身につけてもらいました。その結果「離職者低減のためにまずは退職を希望する人の声を聞く」という意見が出ました。そして、実際に辞めていく職員に寄り添って丁寧に話を聞くようになり、看護部から「副院長が職員のことを気にかけて話を聞いてくれる」と、感謝されるようになったのです。それ以降、看護部長が副院長会に参加することも増えました。
■自走を始めた副院長たち
翌年の夏、副院長たちは夏休みを返上し院内研修を行いました。事業計画書を作成し、今後5年間の取り組みをまとめたのです。そこから、救急患者を断らない仕組みづくりやベッドコントロールを行う看護師へのサポートや、地域の開業医との信頼関係を構築することなどに着手することになりました。そして、コーチングを広げるために、院内に「1on1ミーティング」のトレーニング研修を導入しました。
すると理事長や院長もトレーニングに参加するようになり、経営陣が学びを始めました。
完全に経営者意識を身につけた副院長たちは、病院改革に向けて自走を始めていました。
■新型コロナウイルス感染症のクラスター発生
このまま1on1ミーティングが定着していくかに思えましたが、2020年、新型コロナウイルスによる騒ぎでトレーニングは中断してしまいました。
さらに悪いことに、11月に院内クラスターが発生したのです。メディアでも報道され、地域住民からの批判も相次ぎました。診療は全面的にストップし、行政や厚生労働省の立ち入り検査で院内は大混乱をきたしました。入院患者の安全確保の対応に追われ、職員は疲労困憊していました。
このとき、副院長が現場の職員から聞き取りを行いました。その結果「クラスターが発生した病院に勤務していることで、同居家族が白い目で見られる」「子どもの発熱時、かかりつけ医院への受診を躊躇する」「苦情の電話が多く、対応することで精神的不安定になった」「解雇されるのではとの不安がある」「患者のケアは看護師で、医師は離れたところから指示するという状況に不公平感を抱く」などの声が上がってきました。
すぐには解決できない問題ばかりですが、専門の臨床心理士と副院長が職員のカウンセリングに当たりました。ほんの1年前には考えられなかった自発的な行動です。副院長らが「自分たちが責任をもって職員を支えるんだ」という使命感を強めた結果でした。
クラスターがおさまり診療を再開するまでに2カ月以上を要しました。ただでさえ離職者の多さで悩んでいたこの病院では大量離職が起きてもおかしくない状況でしたが、結果的にこの期間の離職者は一人もいませんでした。クラスター騒ぎが収まって半年後も、離職率がコロナ禍前の18%から11%に低下しています。
全国的にみれば、離職率が20%以上の病院は21.2%で、コロナ禍前年の10.4%から倍増している(日本看護協会「2020年病院看護実態調査」より)ことを考えると、副院長たちの組織変革への取り組みが実を結んだと評価できます。
コロナ禍が終息すれば通常診療体制に戻り、1on1ミーティングを復活させる予定です。これからも地域に貢献できる病院をつくっていくという計画には変わりありません。
森田 満昭
株式会社ミライズ創研 代表取締役