2―生産性向上の中身が問題
労働生産性上昇率が諸外国と比較して必ずしも劣っているわけではないにもかかわらず、日本の賃金が長期にわたって低迷している原因は、労働生産性向上の中身にある。
労働生産性は高めるためには、その式から明らかなように、分子の付加価値を増やす、分母の労働投入量を減らすという二つの方法がある。
ここで、労働生産性の内訳をみると、日本は経済の長期停滞を反映し、国全体の付加価値を表す実質GDPは1990年を起点とした2021年までの約30年間で27.2%の増加にとどまっており、G7では、イタリア(19.4%)に次ぐ低い伸びとなっている。一番伸びが高いのは、米国の109.2%、それに続くのがカナダの92.6%、英国の68.1%、フランスの55.2%、ドイツの51.8%である(図表5)。
実質GDPの伸びが低いにもかかわらず、日本の労働生産性が向上しているのは、労働投入量、特に労働時間の減少幅が非常に大きいためである。
かつては、日本の労働時間は国際的にみて長いことで知られており、1990年には年間労働時間(一人当たり)が2,000時間を超えていた。しかし、法定労働時間の短縮、週休二日制の定着、非正規雇用比率の上昇、働き方改革などを背景に減少傾向が続き、2021年は1,607時間となり、米国、カナダ、イタリアの水準を下回っている。約30年間の労働時間の削減幅は▲20.9%とG7の中では最も大きい(図表6)。
1990年から2021年にかけての労働生産性の変化率を実質GDP、就業者数、労働時間の変化率で寄与度分解*3すると、日本は実質GDPの増加によるプラス寄与は小さいが、就業者の増加によるマイナス寄与が小さく、労働時間の減少によるプラス寄与が非常に大きくなっている(図表7)。すなわち、日本の労働生産性の向上は、付加価値である実質GDPを増やすことではなく、労働投入量の削減、特に労働時間の削減によってもたらされている。
労働生産性の上昇率が同じだとしても、付加価値の拡大によってもたらされた場合と、労働投入量の削減によってもたらされたものである場合では、その意味合いが異なる。
定義式上、労働分配率が変わらなければ、実質賃金の上昇率は労働生産性の上昇率と等しくなる。しかし、この場合の実質賃金はあくまでも時間当たり賃金である。実質GDPが変わらずに労働時間の削減だけで労働生産性が向上した場合、時間当たり実質賃金は増加するが、一人当たり実質賃金は増加しない。日本が労働生産性が一定程度伸びているにもかかわらず、実質賃金が伸びていない原因はここにある。
労働生産性が向上したとしても、一人当たりの実質賃金が伸びなければ、消費を増やすことはできず、経済成長率も高まらない。生産性の向上が重要であることは言うまでもないが、日本経済の長期停滞の一因は、生産性の向上はある程度実現したものの、付加価値(実質GDP)を増やすことが出来なかったことにあるのではないか。
*3:労働生産性の式の両辺を自然対数に変換してその差分をとることによって、労働生産性の変化率を寄与度分解している。
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