(写真はイメージです/PIXTA)

いつの間にか世界でも物価の安い国となった日本。ニッセイ基礎研究所の山下大輔氏が、「ビックマック指数」から「安い日本」について考えていきます。

ビックマック価格の国際比較

近年、日本の物価が海外よりも安い、いわゆる「安いニッポン」現象がよく取り上げられる*1 。英・エコノミスト誌が調査するマクドナルド社のビッグマックの価格を例にとると、2000年4月の日本のビッグマックの販売価格は294円(米ドル換算価格:2.77ドル)であり、米国(2.24ドル)やユーロ圏(2.56ユーロ(2.38ドル))よりも高かった。しかし、2023年1月調査時点では、日本の販売価格は410円*2(3.15ドル)である一方、米国(5.36ドル)やユーロ圏(4.86ユーロ(5.28ドル))よりも約4割も安く買える国となった。

 

【図表】ビックマック価格(米ドル換算)の国際比較

 

ビッグマックは世界中で同じ商品であり、同じ価格で買えそうなものである。為替レートの変動が瞬時に価格に反映されることはないにしても、均してみれば他国と価格差が生じないようにも思われる。しかし、グラフが示すように、2013年以降、欧米と日本の価格差が拡大し、2022年には中国よりも安く買える国となった。

 

「安いニッポン」が生じた直接的な要因は、長期にわたる物価の低迷と為替レートの変化によるものだ。

 

日本は1990年代後半以降、長らく低い物価上昇に直面してきた。以下の消費者物価指数のグラフが示すように、1990年代後半以降、日本の消費者物価指数は概ね横ばいで推移してきた。これは、平均2%程度で上昇してきた米国やユーロ圏などと大きく異なる。

 

【図表】消費者物価指数の国際比較/ビックマック価格(自国通貨建て)の国際比較

 

2021年以降、世界は物価上昇に見舞われており、日本でも消費者物価上昇率は40年ぶりに前年同月比で4%を超えた。しかし、他国と比較すると、それでも日本の物価上昇率は大きいとは言えない。米国では、消費者物価上昇率はピークアウトの兆しを見せつつあるとはいえ、依然として1月には前年同月比で6.4%、ユーロ圏でも前年同月比で8.5%を記録している。低物価上昇率が継続したことで、物価は変わらないという強い予想が生まれ、物価の粘着性が高まることとなった。また、ビッグマックについても、日本では、海外と比べて価格を引き上げられていない。

ドル円為替レートの推移

【図表】ドル円為替レートの推移/ビッグマック価格の日米比較

 

また、他国との物価上昇率の差を埋め合わせるほどに円の購買力の上昇(円高)がみられた訳ではない。

 

たとえば、日本と米国で一物一価の法則が成り立つとの仮定のもとで、以前には、日本では100円、米国では1ドルで売られていた財が、日本では100円のままである一方、米国では物価上昇により2ドルで売られるようになった場合、100円で2ドルの財が買える(円の購買力が上昇する)こととなるはずである。

 

1996年1月の実際のドル円為替レートを基準として、日米の物価上昇率の差による購買力の変化を反映した為替レート(購買力平価)を計算すると、2008年には1ドル80円を下回り、2022年には1ドル60円台となる*3。もちろん、基準時点を変えれば購買力平価の水準も変わるため、計算された購買力平価の水準自体にはあまり意味がないが、方向として購買力平価に該当する為替レートの水準は円高に推移している。しかし、実際の為替レートの動きをみると、購買力平価の水準に近づく円高を記録したことがあったものの、全般として、購買力平価よりも円安で推移している。また、ビッグマックで、購買力平価を計算しても、1ドル80円前後となり、やはり実際のドル円レートは購買力平価よりも円安となっている。

 

「安いニッポン」自体はそれほど問題ではないかもしれない。同じ製品を日本で安く作れるなら、海外への輸出を増やすことが可能なはずだ。加えて、仮に、財・サービスを安く生産できるだけの高い技術力があり、働く人が生産性に見合った十分な賃金を受け取っているのであれば、物価が安いことは購買力を増加させ、人々の経済厚生を高めるだろう。物価が安いことには、外国からの旅行者の増加や海外企業の国内誘致を有利にするメリットもありうるだろう。

 

しかし、「安いニッポン」が、生産性が低く、競争力を失っているために、生産者が価格を引き上げられず、賃金も上がらない中で作り出されたものであるとすれば、物価の安さは望ましいとはいえない。ビッグマックの生産コストを考えると、牛肉やレタス、小麦などの海外と貿易される財(貿易財)に加え、店舗の家賃や人件費といった海外と貿易されない財(非貿易財)が含まれる*4。過去の研究*5によれば、ビッグマックの内外価格差の約6割は、海外と貿易されない財(非貿易財)の価格で説明されるとする分析もあり、日本でビッグマックが安く買えるのは、賃金が低いからかもしれない。

 

「安いニッポン」現象は、生産性を引き上げられず、所得を増やすことができなかった日本への警鐘ともいえる。

 

*1:中藤(2021)、Ito(2022)、渡辺(2022)等

*2:2023年1月16日に、450円に値上げ

*3:購買力平価の計算は、基準時点の設定に影響を受ける。計算方法は、永易ほか(2015)などの国際金融の教科書を参照のこと。なお、一般には、1973年2月を基準として計算されることが多いが、ここでは、1990年代後半以降の日本と他国の物価上昇率の違いに焦点を当てるため、1996年1月を基準とした。

*4:ビッグマックの主要原料原産国・最終加工国の情報は以下を参照

https://www.mcdonalds.co.jp/products/1210/

*5:Parsley and Wei (2007)

 

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年3月3日に公開したレポートを転載したものです。

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