「あれっ…意外と現金、少ないんですね?」
銀行は、多額の預金を預かっています。したがって、金庫には札束が積み上がっていると思われがちなのですが、実はそれほど多くの札束が積み上がっているわけではありません。
銀行は、預金者が持ち込んだ現金の一部を金庫に入れ、それ以外は貸出に使います。全部を金庫に入れてしまったら、貸出ができずに収入がなくなり、倒産してしまうでしょう(笑)。
そのようなことが可能なのは、統計学の「大数の法則」によって「預金者が一斉に預金を引き出しに来ることは無い」と信じているからなのです。大数の法則というのは、コインを1万回投げれば、表が出るのは概ね5000回である、といった法則です。
これを使えば、「大勢の預金者がいれば、一定の確率で預けに来る人と引き出しに来る人がいる」、ということがわかるため、それほど多額の現金を金庫に入れておかなくても大丈夫なのです。
大数の法則の例外は「取り付け騒ぎ」
ただし、大数の法則には例外があります。「あの銀行が倒産しそうだ」という噂が流れ、預金者が一斉に預金を引き出しに来る「取り付け騒ぎ」です。
取り付け騒ぎが怖いのは、まったく健全な銀行であっても、誤った噂によって引き出し客が殺到しかねないことです。それによって金庫の現金が不足すると、それが新たな噂となり、一層大勢の引き出し客を呼び込む…といった状況になりかねないのです。
しかし、滅多に起きることではありませんから、取り付け騒ぎを恐れて金庫に現金を積み上げておくのはもったいないですね。そこで、万が一の場合には日銀が現金輸送車で現金を運んできてくれることになっているわけです。
余談ですが、金融の世界では、みんなが誤った噂を信じることで噂が実現してしまう、ということが少なくありません。みんなが株価が暴落するという噂を信じれば、みんなが株の売り注文を出すことになり、実際に株価が暴落してしまう…といったことです。
重要なのは「取り付け騒ぎを防ぐ」メカニズム
取り付け騒ぎが起きてしまうと大変なので、起きないように防ぐことが重要です。まず、銀行は危険なことをしないように、政府に指導されています。そして、定期的に金融庁等が銀行に検査に入り、銀行が健全に経営されているか否かをチェックしています。
安全確実なビジネスだけをおこなっていれば、その結果、銀行が健全に経営されていれば、倒産することはないでしょうから、取り付け騒ぎの多くは防げるでしょう。
それでも誤った噂が流れたときのために、預金保険制度があります。これは「銀行が倒産しても、1000万円までの預金は政府が代わりに払い戻してくれる」という制度です。
本来は庶民を守るための制度ですが、同時に「銀行が倒産するという噂を聞いても、庶民は預金を引き出す必要はない」という取り付け騒ぎ防止策にもなっているわけです。
問題は、そうした制度の存在があまり知られていないこともあり、取り付け騒ぎを防止する効果が疑わしい、ということです。政府がもっと宣伝をすればいいのに、と思いますが…。
「大数の法則」を利用したビジネスは、ほかにもある
上記のように、銀行の貸出業務は大数の法則を利用したビジネスなのですが、保険も同様です。「100万人の顧客がいれば、死亡する人の数は過去の確率から予測できる」というわけですね。
したがって、あまり小さな保険会社は成立しません。客が10人しかいなかったら、偶然5人が同時に死亡する確率はゼロではなく、その場合には保険会社が倒産してしまうでしょうから。
客の数だけではなく、地理的にも全国展開していることが望ましいでしょう。ひとつの大都市だけで大勢の顧客を獲得している場合、その都市が災害に見舞われたり、大火災が発生したりするリスクがありますから。
大数の法則の例外は、大災害でしょう。滅多に発生しない大災害が発生したら、保険会社が倒産してしまうかもしれません。そうしたリスクに備えるためには、再保険という手段があります。
これは、世界最大の保険会社に「100億円以上の保険金支払いが必要になったら、私の代わりに払って下さい」と頼んでおく、というイメージですね。日本で大災害が発生する確率は小さくても、世界中のどこかで大災害が起きる可能性は一定程度あるでしょう。したがって、世界中の保険会社から同様の依頼を受けておけば、再保険も大数の法則に従ったビジネスとなり得るわけですね。
もっとも、巨大地震が発生したら世界最大の保険会社でも倒産するかもしれないので、再保険は頼めていないようです。そこで、地震保険の再保険は日本政府が引き受けている、ということのようですね。
余談ですが、巨大地震が発生したら、超インフレになるでしょう。日本政府に保険金を払ってもらっても、それほど役に立たないかもしれません。それに備えて筆者はドルを持っています。復興資材を輸入するためのドル買いが殺到し、ドルが値上がりする、と考えているからです。保険会社と契約するだけが保険ではない、という発想ですね。
本稿は以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密でない場合があり得ます。
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塚崎 公義
経済評論家
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