(※写真はイメージです/PIXTA)

昨年の貿易統計によれば、日本の貿易収支は20兆円の赤字となりました。悲観的なニュアンスでの報道も散見されますが、実際のところ、日本の現状において「巨額の貿易赤字」は必ずしも憂うべき状態ではないといえます。家計に例えながら、経済評論家の塚崎公義氏が解説します。

「昨年の貿易収支、20兆円の赤字」だが…

昨年の貿易統計が発表され、貿易収支が20兆円という巨額の赤字であったことが話題になったようですが、その後も赤字が続いています。かつての日本は巨額の貿易黒字を稼ぎ続けて、欧米諸国との激しい貿易摩擦に悩まされていたわけで、それと比べると隔世の感があります。

 

以前から長期的なトレンドとして、日本の貿易収支黒字は減少傾向にありました。途上国の技術水準が上がって製品輸入が増えたこともあるのでしょうが、主因は輸出企業が輸出より海外現地生産を志向していること(後述)にあるようです。

 

その結果、最近では貿易収支は概ねゼロ近辺で推移していました。昨年に関しては、原油価格等の高騰に加え、半導体不足で生産が滞ったことなどから大幅な貿易赤字となったものです。

 

「赤字」という単語には否定的なニュアンスがありますし、「貿易赤字に陥った」といった表現も使われるため、困ったことだと思っている人も多いようです。しかし、貿易収支が赤字であること自体は、それほど困ったことではないのです。

貿易収支は家計簿と似ている

さて、家計簿が赤字というのは、困った事態でしょうか。貧しい家計で家計簿が赤字になれば困ったことでしょうし、働き手が失業したことによって家計が赤字になったのであれば、やはりそれも困ったことでしょう。

 

しかし、豊かな家計が美味しいものを食べた結果として家計簿が赤字になっても、人生が豊かになったのであれば、別に問題ではないでしょう。現役時代に老後資金をしっかり蓄えた高齢者は、老後に家計簿が赤字になっても別に問題ではないでしょう。貿易収支に関しても、同様のことがいえるのです。

 

日本は、過去の貿易収支黒字を巨額の対外資産として保有しているので、貿易赤字になっても外貨不足で困ることはありません。また、少子高齢化によって労働力不足となっているので、輸出が増えないと失業問題が深刻化する、ということもありません。したがって、貿易赤字自体はとくに問題ではないのです。

 

むしろ、輸出企業が労働者を雇わないから介護や医療に労働力を回せるわけですし、労働集約的な製品を輸入することは外国人の労働力を輸入するのと同じことですから、外国人労働者を受け入れるよりはるかにいい、ともいえるでしょう。

 

ここで重要なのは、家計簿と貿易収支は似ている、ということです。

 

自分が働く → 他人が喜ぶ → 喜んだ相手から対価を受け取る

 

これが輸出であり、家計簿の収入です。一方で、

 

他人が働く → 自分が喜ぶ → 喜んだ自分が相手に対価を支払う

 

これが輸入であり、家計簿の消費です。どちらも同じことですね。

 

安心材料が、もうひとつあります。家計簿には利子配当等も記載しますから、本当に家計簿と似ているのは所得収支(利子配当)等も含めた経常収支なのですが、日本は巨額の利子配当収入を得ているので、経常収支は黒字なのです。

輸出企業の現地生産には好ましい面も

最近、輸出企業は海外現地生産を志向しています。円安で輸出をすれば儲かるというときでも、国内に輸出用の工場を建てるのではなく、売れる所(従来の輸出先)に工場を建てるのです。将来円高になったときに国内の工場が無駄にならないように、ということのようです。

 

加えて、人口が減っていく日本よりも人口が増えている海外市場に目を向け、少子高齢化で労働力不足が深刻化していきそうな日本よりも、人口が増えて労働力が確保しやすい海外に工場を建てる、という面もあるようです。

 

それによる貿易収支の赤字化は別に困ったことではありませんし、むしろ現地生産には好ましい面もあります。

 

海外生産のために設立された子会社は、海外で稼いだ利益を日本の親会社に配当するわけですが、その配当利回りは米国債の利回りより高い場合が多いでしょう。つまり、「日本が持っている巨額の対外資産の運用方法として望ましい」というわけです。

 

加えて、海外子会社は日本の親会社に特許権使用料等々を支払う場合も多いでしょうから、海外から巨額の資金が日本に流れてくるわけです。

 

上記のように、労働力の面でも、労働力不足に悩む国内で労働者を雇うのではなく、海外で労働者を雇って利益を日本に持ち帰るわけですから、輸出より望ましいといえそうです。

エネルギーの自給率は高めたい

エネルギーの自給率を高める努力は必要でしょうね。原油価格は上がったり下がったりしますから、昨年の原油価格高騰で輸入代金の支払額が膨らんだのは仕方ありませんが、問題なのは、昔からエネルギーの自給率が低いままで、しかも中東の原油に頼っている、ということなのです。

 

これは、外貨繰りとか貿易赤字という観点ではなく、エネルギー安全保障の観点なので、本稿の内容とは直接関係ありませんが、是非再生可能エネルギーの比率を高めていくべきでしょう。原子力発電については本稿は論じませんが、海底に眠るとされるメタンハイドレード等の採掘も、ぜひ取り組んでもらいたいと思います。

日本国が「FIREする」可能性!?

少子高齢化で労働力不足が深刻化していくと、極端な場合、現役世代が全員で高齢者の介護をし、製造業で働く人がいなくなるかもしれません。

 

さすがにそうなると、潤沢な外貨資産も底を突いてしまいかねず心配ですが、実際にはせいぜい「国内消費の分は国内で作るが、輸出品を作るだけの労働者が確保できないから、輸出がゼロになる」といった程度でしょう。その場合、石油輸入代金等は利子配当収入と外貨資産の取り崩しで賄われることになります。

 

給料をもらわないで利子配当と資産取り崩しで食べていく人のことを「FIRE」と呼ぶのだとすれば、日本国がFIREする、というわけですね。実際にそうなるか否かはわかりませんが、その方向に進んでいく可能性は大きいと思います。

 

今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。

 

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塚崎 公義
経済評論家

 

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