複数の物件があるなら、現物での遺産分割も選択肢
木野:弁護士の木野綾子です。共有不動産が4軒というのは多いですね。内訳は前夫との間に1軒、博さんとの間に3軒。離婚する時には、「共有の別荘」なんて、片づけなければならない課題としては優先順位が低いですからね。
寺門:離婚時に「財産分与」を行う際は、共有資産は夫か妻かどちらか一方の名義に変更することがほとんどです。わけがあって別れる2人が、以降も資産を共有するなんて揉めるだけですからね。しかし、「親権」や「面会交流」など、目先の問題が優先されるでしょう? だから、使っていない共有名義の不動産をそのままにしてしまうことは間々あるのですが、奥様はそのケースだったのですね。
木野:不動産の相続で、相続人のひとりが固有の持ち分(相続が発生する前からの持ち分)を持っているケースだと、着地点の選択肢が限られてくるので厄介です。
博:と、言いますと?
木野:不動産の相続には、現物を分けるか、共有のままか、相続人のうちの誰かが買い取って代償金を払うか、第三者に売るかという4つの選択肢がありますが、今回のように博さんにもともと2分の1の固有の持ち分があって、さらに亡くなった奥様の固有の持ち分である2分の1のうち、法定相続分として2分の1を取得するので、全体の4分の3について博さんが権利を持つことになります。そうすると……。
寺門:これらの不動産の名義を前夫側か博さん側に一本化するには、以下のいずれかの選択肢になります。①前夫の子たちが、博さんの持ち分(全体の12分の9)と麻美さんの持ち分(12分の1)を買い取る、②博さんが、前夫の子2人の持ち分(全体の12分の2)と、前夫の持ち分を買い取る。前夫の息子さんたちは、2人分を合わせても全体の6分の1しか持ち分がないため、全体のほとんどを占める博さんと麻美さんの持ち分を買い取る可能性は低いといえそうです。
《分割割合》
博1/2:子ども1/2(子ども3人が各1/6ずつ)
その結果、全体の9/12(3/4)が博の持ち分となる。
※ 博は全体の3/4(75%)の権利があるものの、将来的に売却などの際には全員の同意が必要となり、揉める可能性が極めて高いので、できる限り名義は整理した方がよい。
木野:そうなんです。その意味で事実上、選択肢が限られており、②の方向で考えざるを得ないのですが、息子さんたちは奥様を恨んでいて、心情的にも面白くないでしょうから、代償金をいくらにするかで揉めそうです。そこで提案なのですが、幸い共有不動産が4軒もあるので、一部を現物で渡してはどうでしょう? 那須の別荘は前夫の息子さんたちに、そして熱川の別荘は博さんか麻美さんに、博さんの自宅と隣家は頑張って前夫の息子さんたちの持ち分を買い取ってはどうですか?
寺門:別荘地の不動産の流通価格は相当低いと聞いています。恐らく、この分け方だと価格が見合わないでしょうから、熱川の別荘もあちらにあげてしまってもよいのではないですか? 息子さんは2人だから、相続後、兄弟で別荘を2軒手にしたら、それぞれ単独名義にすれば嬉しいかもしれませんよ。
木野:不動産の評価額の算定が複雑なことは、相続でトラブルを引き起こしがちな一因です。
寺門:博さん、不動産価格って面白くて、ひとつの物件に4つ価格があるんです。これを「一物四価」といい、それぞれに指標があるのでお話しします。
①相続税路線価
国税庁が決める指標で、毎年7月上旬頃に発表される。相続税や贈与税の評価額を決める際に使われる指標
②固定資産税評価額
市町村が決める指標で、3年に1回、評価替えが行われる。固定資産税・都市計画税等の税金を決める際に使われる指標
③公示価格
国土交通省が公示する価格で、毎年3月下旬に公示される。全国の地価水準を代表する3万数地点(標準値)について発表され、地価の上昇や下落の状況などを確認し、不動産取引の参考にする指標
④販売価格(実勢価格)〈時価〉
実際の不動産市場で流通・取引されている価格
木野:相続税の算定基礎となるのは土地なら路線価等、建物は固定資産税評価額ですが、遺産分割や遺留分の算定では販売価格つまり時価を使うんです。
寺門:離婚の際の財産分与でもよく問題になるのですが、この4つで当てはめてみると、ひとつの物件の評価が全然違ってくることがあるんですよ。木野先生、評価の仕方によって価格はいろいろですが、どうやって決めるのですか?
木野:まさに話し合いで決めることで、弁護士の腕の見せどころでもあるんです。
寺門:弁護士選びも重要ですね。