ある男性は、子どもの親権と財産分与を巡って妻と熾烈な争いを展開している最中に亡くなってしまいます。気持ちが収まらないのは亡き男性の両親で、かわいい孫と、息子の財産を取り戻せないか策を練ります。相談を受けた専門家は、ベストな着地を探って提案しますが…。※本連載は、小川実氏監修、寺門美和子氏・木野綾子氏の共著書籍、『別れても相続人』(光文社)より一部を抜粋・再編集したものです。

高齢夫婦、息子の妻に怒りを募らせ…

子どもの親権と財産分与を巡って激しく争っていた夫婦ですが、離婚調停中に夫がまさかの死去――。夫婦関係の破綻は明らかなのに「夫婦だから遺産をもらって当たり前」と開き直った妻を、夫の両親は許せません。法律上はれっきとした配偶者と理解しつつも、大事な息子を傷つけた妻に遺産を渡したくないという思いが募ります。実際はどうなるのでしょうか。

 

夫の両親の心情を聞き取っていた夫婦問題コンサルタントの寺門美和子氏から、弁護士の木野綾子氏が話を引き取り、法的観点から見ていきます。

 

相談者:夫・水野昌弘 78歳

    妻・水野礼子 75歳

長女・松原佳代 55歳

長男・水野哲 (故人・享年52歳)

嫁・水野祥子 38歳

孫・水野日向 8歳

 

離婚成立でも夫が8歳の子の親権を取れるケースは少ない

木野:こんにちは、弁護士の木野綾子です。ご両親のお気持ちはよくわかりました。ちょっと整理して考えてみましょう。恐らく理想論としては、「哲さんが亡くなる前に離婚調停が成立し、哲さんが日向さんの親権者になっておけばよかった」ということですね。

 

礼子:そうですよ、先生! そのとおりです。それができていれば、全てが丸く収まったわけじゃないですか。哲の遺産は日向が全部相続し、私たち夫婦が親代わりとなって、今頃は日向を手元で育てられていたでしょう。そうなっていれば、私だって寝込むことはありませんでしたよ。遺産だって、日向が大人になるまでは、私たちが見張っていられたのだから。あ〜、哲がもう少し長生きしていてくれれば……。

 

木野:あの、大変申し上げにくいのですが……。

 

礼子:わかっていますよ。そんなの絵に描いた餅だってことくらいは。でもね、哲が不憫で仕方がないのですよ(涙)。

 

寺門:礼子さん、お気持ちはよくわかります。しかし、日向ちゃんはまだ8歳です。残念ですが、両親の別居後、8歳の子どもが母親と同居しており、虐待などの大きな問題がなければ、母親が親権者となるケースが多いと思います。たとえ、離婚が成立した後に哲さんがお亡くなりになったとしても、祥子さんが日向ちゃんを育て、財産を管理するという構図は変わらなかったと思いますよ。

 

礼子:そうですよね。わかっています。生前、哲もそう言っていました。何人もの弁護士に相談したけど、そう言われたって……。でもね、違う道もあったんじゃないかって、ついつい考えてしまうのですよ。

 

木野:日向さんというお子さんがいる以上、誰が親権者になろうと、離婚成立の前後を問わず、哲さんのご両親である昌弘さんと礼子さんは、哲さんの相続には口を出せないというのが法的なルールなのです。

 

昌弘:でも、木野先生。日向はまだ8歳ですよ。遺産の管理なんかできないでしょ。それなのに、哲の遺産の内容も知らせてもらえないのでしょうか?

 

木野:……はい、似たようなケースのご相談はよくあるのですが、残念ながらどうしようもありません。ところで、祥子さんが実家に帰って哲さんと別居する前までは、祥子さん・日向さんと昌弘さん・礼子さんの折り合いはどうだったのでしょうか?

 

礼子:別居前までは、特に仲は悪くなく、祥子や日向とも普通に会っていましたよ。祥子は私たちにとっては孫世代。キレイだし自慢の嫁でした。日向も「じ〜じ」「ば〜ば」と、私たちになついていてね。哲同様、私たちだって日向が可愛くて仕方ないですよ。

 

木野:そうであれば、祥子さんを悪者にするのではなく、今後のことを考えて、祥子さんや日向ちゃんとよい関係を構築していく方向に頭を切り替えてはいかがでしょうか?

 

礼子:えー! そんなこと、急に言われても……。切り替えなんてできないですよ。

「孫に罪はない」と考え、嫁との関係維持に努めては?

寺門:昌弘さん、礼子さん、突然、頭を切り替えろと言われても、とてもじゃないけれどできないお気持ちはお察しします。でもね、相続問題はこれで終わりではないのです。哲さんが亡くなった後、昌弘さん、礼子さんの相続時に、日向ちゃんは代襲相続人、つまり哲さんの代わりに相続人になる人なのですから。

 

礼子:ぎゃー! あなた、大変。何なのですか!? それは? そんなこと、哲が認めるわけないじゃないですか。どうにかならないの!?

 

木野:昌弘さんと礼子さんがそれぞれ遺言書を書いて、長女の佳代さんに全遺産を相続させるとすることもできますが、日向さんは遺留分権者ですので、将来的に佳代さんと日向さんが遺留分のことで争うことになる可能性があります。それよりは、「孫に罪はない」と考えて、祥子さんとも上手く付き合い、日向さんとの関係維持に努める方が長い目で見て得策かもしれません。

 

昌弘:なるほど……。それは法律で決まっていることなのでしょう。お母さん、受け入れるしかないんだよ。それなら我々も、面会交流支援団体の力を借りようじゃないか。

 

木野:これも申し上げにくいのですが、法的には、祖父母が孫と面会交流する権利というのは認められていないのです。

遺骨問題も、あえて白黒つけず「円満な着地」を目指す

寺門:ところで木野先生、哲さんの遺骨の問題についてはどうなるのでしょうか? せめて昌弘さんご夫婦のお手元に置いて差し上げられたら……。

 

木野:遺骨やお墓についても、祥子さんや日向さんとの関係次第でしょう。法定相続人でなくても祭祀承継者指定の調停を起こして遺骨を渡せと主張することはできますが、あえて白黒を付けず、墓参りや法事の際に日向さんが昌弘さん・礼子さんと関わることによって、自然と祖先への敬慕の情が芽生えてきて、墓守や供養についても受け入れやすくなるのではないでしょうか。

 

礼子:…………。

 

木野:哲さんと祥子さんの離婚調停はさておき、水野家の直系はこれからも脈々と続いていくのですから、しばらくの間、落ち着いて考えてみてはいかがでしょう? そのうえで、遺言書や祭祀承継者指定の問題で法的手段を取りたいという場合には、もちろん喜んでお力になりたいと思います。

 

昌弘:確かに先生がおっしゃるとおりですね。大切なのは未来です。私たちは時間が限られているのだから、グチグチ悩んでいる暇はありません。これからのことに目を向けなければ。何しろ日向は可愛い。私たちと嫁がいがみ合っていては日向も不幸だ。一時の感情に流されずに、よく考えてみようじゃないか。

 

礼子:あなた……、理屈はわかるけど、私はまだそんな心境にはなれないわ。

 

寺門:礼子さん、急ぐ必要はありませんよ。哲さんは、確かに無念な気持ちを抱えて亡くなられたと思います。しかし、残された日向ちゃん、ご両親である昌弘さんと礼子さん、皆さんのことが心配なはずです。日向ちゃんには、老いていく祖父母の生き甲斐になって欲しいという想い、昌弘さん・礼子さんには、孫の人生にひと役買って欲しいという想い。遺族の方々に、自分ができないことを託されているのではないかと。ならば、両者が疎遠になることは、避けて通らなくてはいけない道かと思うのです。歩み寄りながら、お墓のことも話し合っていく環境を整えてまいりましょう。

「弁護士への遺言書作成依頼」は、有力な選択肢に

離婚調停中の夫の死。息子の無念を知るご両親としては、この結論は納得できるものではないかもしれません。このケースにおいても、やはり哲さんの遺言書があればと悔やまれます。

 

私、寺門の元にご相談にいらした方で、すでに遺言書を作成されてお見えになった方がいました。借金を繰り返す夫に悩み、長引く夫婦問題の渦中で、万が一自分の身に何かがあった際、子どもに少しでも多くのお金を残したいからと、作成されたそうです。素晴らしく賢明な選択だったと思います。日々、少しでも安心して過ごすために、遺言書はお守り代わりになりますから。

 

このほかにも、公正証書の形で作成する方法もあります。遺言書の作成を依頼できる士業は、行政書士・司法書士・弁護士ですが、「離婚×相続」で紛争が予測される場合は、弁護士に依頼するのが得策です。その際には、次のことを視野に入れて相談してみてください。

 

■どのような紛争が予測されるか

■それを未然に防ぐにはどのような遺言書がよいか

 

備えあれば憂いなし。自分の想いを形にするだけでなく、残される人たちの間に諍(いさか)いが起こらないよう万全を期すためにも、先延ばしにせず、専門家に遺言書の作成を依頼することを、ぜひ選択肢のひとつに入れていただきたいです。

 

 

寺門 美和子
 AFP(アフィリエイテッド・ファイナンシャル・プランナー) 上級プロ夫婦問題カウンセラー 相続診断士 終活カウンセラー 公的保険アドバイザー

 

木野 綾子
弁護士 上級相続診断士 家族信託専門士 終活カウンセラー

 

小川 実(監修)
税理士 上級相続診断士 終活カウンセラー

 

図版:秋穂 佳野

※本連載は、小川実氏監修、寺門美和子氏・木野綾子氏の共著書籍、『別れても相続人』(光文社)より一部を抜粋・再編集したものです。

別れても相続人

別れても相続人

寺門 美和子 著, 木野 綾子 著, 小川 実 監修

光文社

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