(※写真はイメージです/PIXTA)

近年注目が集まる「漢方」について、漢方クリニック院長の経歴を持つ総合内科専門医・團茂樹氏(宇部内科小児科医院 院長)が解説します。そもそも西洋医学と東洋医学とではどんな違いがあるのでしょうか? また、漢方薬がどのように使い分けられているのかを、「風邪」に対する処方例から見ていきましょう。

西洋医学と東洋医学の考え方の違い

西洋医学では患者さんの症状や所見から病名を診断しますが、漢方医学では、病名ではなく患者さんの状態と環境による影響を総合的に判断します。

 

<西洋医学の特徴>

西洋医学は、まずは血液検査値やレントゲン、MRIなどの画像診断を行うことにより、病気を診断します。その後必要とあれば、手術や放射線治療や薬物治療を行います。その薬物に関しては化学合成により人工的に作られた物質がほとんどで、多くは単一の成分で構成されおり、ひとつの病気や症状に特化した薬理作用を示すのが特徴です。

 

<東洋医学の特徴> 

(※ここでは中医学と和漢との差についての言及は避けます。)

 

漢方治療は各人の体質や体力および心身状態などに沿った自然治癒力を促す治療が主体です。患者さんの生体情報を、たとえば気、血、水の異常という概念で捉え、それらを統合して、その時点における証として治療していきます。

 

気とは、目には見えないが確かに存在し、働きのあるもの。たとえば、元気、気分が悪い、疲れやすいなどです。血は血液、水は血液以外の体液と考えるとよいでしょう。気血水の理論とは、これらが滞りなく循環していれば健康であり、不足したり滞ったりすると疾病になると考えます。気血水は内臓の各臓器や筋肉や関節などへも巡っていて、それらの間での相互関係に関与していると考えます。

 

少し細かくなりますが、気の循環は刻々と流動的に変化している一方で、血や水は一定の場所に滞る傾向があるような印象があります。たとえば、むくみや痛みの場所が移動するのは気の影響。固定していれば、血や水を動かす生薬(しょうやく)を選びます。

 

私は、個人的には西洋医学的アプローチと東洋医学的アプローチにおいて、頭の切り替えをするようにしています。西洋医学的アプローチは、本来誰がやっても答えが同じであるはずですが、東洋医学の視点で病態を考えるときは個人の主観に基づくことが多くなるため、多くの先生方に苦手意識を与えるかもしれません。

 

東洋医学ではそれぞれの臓器や筋肉などへの気、血、水の流れや存在を意識すると生薬が選びやすいと思っています。頻繁に使われる生薬の特徴については、治療する側が把握しておくべきことはいうまでもありません。

 

偉そうなことを書いていますが、私は独自の力で煎じ薬の調整をすることはできません。しかし多くの約束処方があり、それらをうまく組み合わせればほとんどの病態に対応できる、という状況が今の日本には整っています。それらに含まれる生薬の特徴くらいは知るように心がけています。

 

約束処方の組み合わせは、経験の違いや個人的主観が入ると思います。しかし難しく考えなくて構いません。患者さんが満足するか否かを指標に治療すればいいことですから。病態にもよりますが、2週間くらいを目安に患者さんの満足度を指標にするとよいと思います。「漢方薬は効果が出るのに時間がかかる」というのは、もともとの疾患自体が長引くものを診ているという可能性はありますが、それにしても2週間を目安に治療の継続か一部変更するか決めればよいと思っています。効果があまりなければ、基本に立ち返り患者さんの証を見直すことです。

 

気、血、水の過不足のない循環のために有用な多数の生薬やそれらの組み合わせが、長い歴史における賢人たちの英知や経験に基づいて、現在にまで連綿と伝わっているのが漢方の世界なのです。

「風邪」に対する漢方の処方例

ここでは感冒(いわゆる“風邪の症状”)を例に挙げて、いくつかの処方例で説明します。

 

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ⅰ)「葛根湯(かっこんとう)」には、温めて発汗作用のある麻黄(まおう)、気を巡らせ温める桂枝(けいし)、血を補い、痙攣を抑える芍薬(しゃくやく)、首筋を温める葛根(かっこん)、胃腸を整える甘草(かんぞう)、大棗(たいそう)、生姜がバランスよく入っています。

 

ⅱ)「麻黄湯(まおうとう)」には、麻黄、桂枝、甘草と軽い咳止めの杏仁(きょうにん)が入っています。麻黄、桂枝は葛根湯よりもやや多く含まれています。

 

ⅲ)「桂枝湯(けいしとう)」には、桂枝、芍薬、それに胃腸を守る、甘草、大棗、生姜が入っています。

 

ⅳ)「小青竜湯(しょうせいりゅうとう)」には桂枝、麻黄、温める作用のある細辛(さいしん)、乾姜、咳を止める五味子(ごみし)、半夏(はんげ)、それに芍薬、甘草が入っています。

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このように漢方の約束処方には、数多くの生薬が絶妙なバランスで調合されています。

 

細かなことを知る必要はありませんが、西洋薬が1成分で病名に対応する姿勢に対して、漢方薬は患者さんの体質に合わせ、一つの症状だけでなく全体的なバランスを取る治療であることを感じていただければいいと思います。​

 

それでは、感冒薬のいくつかの約束処方における実際の使い分けを説明していきます。漢方薬治療は多くの場合、慢性疾患に使われることが多いのですが、今回は短期勝負の代表である風邪症状について論じてみます。

 

初期としての治療〜数日以内に対応する処方です。

 

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①銀翹散(ギンギョウサン)  ~寒気がなく、筋肉痙攣や震えもなく高熱で熱感の強いときに使います。ギンギョウサンは中国ではよく使われるようですが、日本では保険適応外です。

 

②桂枝湯 ~軽い悪寒や汗の出やすい発熱に。あまり症状が強くないときに使います。

 

③麻黄湯 ~汗の出ていない比較的丈夫な身体で、悪寒、発熱、頭痛、関節痛のあるときに使います。葛根湯よりも麻黄や桂枝が多く含まれている分、ややメリハリがあります。発熱がなくても、乳児の鼻閉塞で哺乳困難時には即効性があるようです。

 

④小青竜湯 ~麻黄湯の変法で、冷たくて薄い鼻水やくしゃみの多いときに使います。咳にも有効です。鼻詰まりよりは鼻水に効きます。

 

⑤苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう) ~冷え症で薄い多量の痰や咳があるときに使います。小青竜湯証が長引くときに引き続き使うことがあります。

 

⑥葛根湯 ~代表的な風邪薬。汗の出やすい人には不向き。桂枝湯に、首こり用の生薬である葛根や、発汗させる生薬の麻黄が追加されています。麻黄は鼻詰まりにも効果は少しありますが、鼻詰まりには葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)のほうがもっと適しています。咽頭痛があるときは桔梗湯(ききょうとう)を追加します。

 

⑦麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう) ~寒気が強く、熱感がほとんどない、お年寄りや体力が低下している人の咳鼻水に使います。

 

⑧香蘇散(こうそさん) ~頭痛や悪寒に胃腸症状が加わるときや、軽い風邪症状のときに使用します。

 

⑨参蘇飲(じんそいん) ~胃腸が弱い人の長引く風邪に使われます。

 

⑩川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん) ~悪寒、発熱、鼻水、鼻詰まりを伴う頭痛に使用します。

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私は、西洋医学と東洋医学の両方を知っておくと治療域が広まると実感しています。特に皮膚科領域、慢性疼痛、婦人科領域などについてはもっと活用されるとよいと考えています。

 

 

團 茂樹(だん しげき)

宇部内科小児科医院 院長

総合内科専門医

 

日本大学医学部附属病院で血液のガン治療に従事した後、自治医科大学へ国内留学、基礎研究分野の経験を経て大学病院や地方病院に勤務。その後、遺伝子研究の本場・カナダオンタリオ州立ガンセンターで遺伝子生物学に関する基礎研究に従事。帰国後、那須中央病院の内科部長を経て、宇部内科小児科医院副院長に就任。その後3年間、千代田漢方クリニック院長を兼任。

以来16年余り漢方治療を導入。2010年から現職。2015年に総合内科専門医を取得。総合臨床医として様々な症例に携わるとともに、臨床で培った経験や医療情報の中から選りすぐったアドバイスを行うダイエット法には定評がある。

著書に『糖尿病は炭水化物コントロールでよくなる』(2022年6月刊行、合同フォレスト)がある。

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