(※写真はイメージです/PIXTA)

アトピー性皮膚炎は、適切な治療によって寛解(かんかい)が期待できる病気である一方で、悪化と改善を繰り返し、長年悩まされている方も少なくありません。そんななか、漢方クリニック院長の経歴を持つ総合内科専門医・團茂樹氏(宇部内科小児科医院 院長)は、「あと一歩」というときの漢方薬は頼りになるといいます。アトピー性皮膚炎における漢方薬治療について、実際の処方例とともに見ていきましょう。

アトピー性皮膚炎は早期に正しい治療を行うことが大切

漢方薬とアトピー性皮膚炎について述べる前に、興味深い知見をいくつか書いておきます。

 

<アトピー性皮膚炎と食物アレルギーの関係>

かつては、食物アレルギーがある子がアトピー性皮膚炎を発症すると考えられていました。しかし近年は、湿疹がありバリア機能が低下している皮膚から食物が入り込むことによって、食物アレルギーが発症するという仕組みがわかってきました。

 

アトピー性皮膚炎のある乳児に対し、その湿疹をしっかり治療しながら加熱鶏卵を少量ずつ経口摂取させることで、卵アレルギーの発症を減少させることができることがわかりましたが、アトピー性皮膚炎の治療が十分でなかった場合には効果が低いことがわかりました。このことからも、早い時期から正しい治療を行い、皮膚を良い状態に保つことが大切だと言えます。

 

<ステロイド外用薬の副作用について>

ステロイド外用薬の使用により、色素沈着(=皮膚が黒ずんだ色調になる)が起こるといわれることがあります。しかし、これは薬剤の副作用ではなく皮膚の炎症が長く続いたことによるもので、湿疹の治療により改善します。

 

ステロイド外用薬を長期に使用すると皮膚が薄くなったり、にきびなどの局所的な副作用が出現したりすることがあります。ステロイド外用薬の増減に関しては専門的知識のある皮膚科医に任すべきです。

 

<アレルギー検査について>

一般的に行うアレルギー検査ではI型アレルギー反応を見ていますが、アトピー性皮膚炎はIV型アレルギーです。アレルギー検査はどこでも受けることができますが、その解釈は専門家に任せることです(※国立成育医療研究科センターの治療方針から一部引用しています)。

東洋医学における「アトピー性皮膚炎」の考え方とは?

私は皮膚疾患に関しても「気、血、水」を念頭に考えるようにしています。「気、血、水」とは、以下の通りです。

 

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1800年、賢人の一人である吉益南涯が、傷寒論において「気血水(きけつすい)説」を説いています。人体には気(体内の見えない活力)、血、水(血液以外の体液)の三つの要素があり、そのバランスが崩れ、毒が加わると初めて証(症状)が現れるという説で、漢方の代表的な病理思想として伝えられています。

 

(※名古屋大学医学部資料室「近代医学黎明デジタルアーカイブ」より引用)

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東洋医学における気には、血行や体内の水の循環を良くしたり、栄養を全身に送ったりする働きがあると考えらえています。

 

アトピー性皮膚炎の人は、この気の低下により皮膚のバリア構造が減弱化し、外部の刺激を受けやすい状態になっていると考えます。それが血や水へ影響を及ぼし、皮膚角質層の構造と機能に欠陥を生じていると考えられます。皮膚の乾燥や浮腫、炎症などもこれらの微妙なアンバランスと解釈して治療します。

 

漢方では、重症だから強い薬、軽症だから弱い薬という選択はしません。他の疾患と同様、患者の体質(証とも言える)に合わせて治療します。たとえばアトピー性皮膚炎と尋常性痤瘡(じんじょうせいざそう。俗にいう「にきび」)の区別することはありません。西洋医学が特異的治療を重んじるのに対して、東洋医学は診断名で治療するのではなく、体質改善を目指します。ここの理解がないと、「東洋医学ではアトピーもニキビも同じなのですか?」という漢方薬不信が生じてしまいます。

アトピー性皮膚炎に処方される「漢方薬」の例

ここからは、アトピー性皮膚炎に用いられる保険適用のある約束処方について、いくつか説明していきます。これらは私が漢方治療をするときに処方するものです。異論、反論はあると思いますが、まさに自分の信念で自由にできるのが漢方薬の醍醐味です。

 

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①十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)

炎症、化膿傾向を持つ皮疹に使います。江戸時代の外科医・華岡青洲による創方です。痒みや痛みをとる防風(ぼうふう)、荊芥(けいがい)、独活(うど)、胃腸を守ることで気を高めて表皮のバリア機能の改善を試みる茯苓(ぶくりょう)、甘草(かんぞう)、生姜、そして排膿作用を期待する、川芎(せんきゅう)、桔梗(ききょう)、樸樕(ぼくそく)、それに冷やす作用のある柴胡(さいこ)からできています。

 

②梔子柏皮湯(ししはくひとう)

炎症の強いときに使用します。清熱*解毒の、黄柏(おうばく)・山梔子(さんしし)・生甘草で構成されています(*清熱…身体の内部の熱を冷ますこと)。

 

③消風散(しょうふうさん)

分泌が多く、炎症性で痒みを伴う皮疹に対する代表処方です。熱を冷ます、石膏(せっこう)・知母(ちも)・苦参(くじん)・牛蒡子(ごぼうし)・木通(もくつう)および、水分調整をする蒼朮(そうじゅつ)・木通、皮膚を潤す、地黄(じおう)・当帰(とうき)・胡麻(ごま)、痒み止めとして防風・荊芥・蝉退(せんたい)・牛蒡子、さらに調和をはかる甘草でできています。

 

④治頭瘡一方(ぢづそういっぽう)

痒み、熱感、化膿傾向、水疱などがみられるに使用します。熱を冷ます、忍冬(にんどう)・連翹(れんぎょう)・生甘草、痒みや痛み止めとして、荊芥・防風、水の分布調整として蒼朮、活血作用のある川芎・紅花(こうか)、熱を覚まし排便作用のある大黄(だいおう)からできています。

 

⑤竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)

普通は泌尿器系の慢性炎症治療が主です。熱や湿気を帯びた皮膚疾患に使用します。水分調整用の生薬として木通・沢瀉(たくしゃ)・車前子(しゃぜんし)、熱を冷ます生薬として、竜胆(りゅうたん)・黄芩(おうごん)・山梔子、それでいて皮膚自体には栄養を与える生薬として地黄、当帰さらに調和剤として甘草から構成されています。

 

⑥補中益気湯(ほちゅうえっきとう)

本来なら消化機能低下や体力低下に使われる有名な薬です。他の処方のほとんどは直接的に皮膚に働くというのは想像に難くないですが、本剤のような胃腸に働く薬は、どう考えればよいでしょうか? 消化機能低下が気の低下を引き起こし、そのことが皮膚のバリア機能低下を起こしている、と解釈します。このように漢方薬は自由に考えて構いません。処方して2週間程度様子を見て、効果がなければ変更すればよいのです。本剤の生薬について説明すると、皮膚を強くし、元気を与える黄耆(おうぎ)、胃腸機能を高める、人参・甘草・生姜・蒼朮・陳皮(ちんぴ)・大棗(たいそう)、さらに血を巡らす当帰、気を持ち上げて元気にする柴胡・升麻(しょうま)でできています。

 

⑦黄連解毒湯(おうれんげどくとう)

熱がこもって症状が悪化しているが、皮膚自体は薄くなく、病変が湿潤しているときに使用します。ホットフラッシュにも使用されます。生薬として熱を冷ます、黄芩・黄連(おうれん)・黄柏・山梔子が入っています。

 

⑧白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)

喉の渇きや火照りのあるときの、乾燥して熱を持つ皮疹に使用します。皮膚に潤いを与える効果も。生薬としては、冷やす、石膏・知母、胃腸機能を高める人参・甘草、保湿の粳米(こうべい)からできています。専門家はこの中の人参が入らない白虎湯(びゃっことう)を好むようですが、それだと保険外薬品となってしまいます。

 

⑨温清飲(うんせいいん)

ベクトルは黄連解毒湯と似ていますが、皮膚の保湿効果に優れています。生薬としては、上述の黄連解毒湯に皮膚の潤し効果を有する、地黄・当帰・川芎・地黄が加わっています。

 

⑩当帰飲子(とうきいんし)

皮膚がカサついて艶(つや)のないときに使用します。ただし、赤みが強いときは上記の温清飲を。生薬としては皮膚を潤す、地黄・芍薬(しゃくやく)・当帰・川芎・何首烏(かしゅう)、そして痒み止めの、防風・荊芥・蒺藜子(しつりし)、皮膚を強くする甘草・黄耆が入っています。

 

⑪六味丸(ろくみがん)

皮膚の乾燥に対して主に水分を補います。漢方では皮膚の乾燥に対し、水分を補う考え方と血を補う考え方があります。生薬としては皮膚を潤す地黄・山茱萸(さんしゅゆ)・山薬(さんやく)、および水と血を巡らす、茯苓・牡丹皮(ぼたんぴ)・沢瀉から構成されます。

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他にも、漢方薬は証に対する考え方によって種々の選択肢があります。そこが漢方の面白みであり、西洋薬のようなクリアカットさに欠けるところとも言えます。

治療の基本は「スキンケア」であること忘れずに

アトピー性皮膚炎の治療は西洋薬が優先されていますが、あと一歩というときの漢方薬は頼りになります。

 

最後に、使い方を間違えなければ、私はステロイド外用薬を否定するものではありません。スキンケアが基本であることは言うまでもありません。

 

難治性アトピー性皮膚炎の方へ。漢方薬はもちろんのこと、プロトピック軟膏、種々の遺伝子標的薬、抗体薬の開発もされており、さらにはハウスダスト舌下免疫療法など、治療の選択肢は広がっています。諦めないで専門医を訪ねてください。

 

 

團 茂樹(だん しげき)

宇部内科小児科医院 院長

総合内科専門医

 

日本大学医学部附属病院で血液のガン治療に従事した後、自治医科大学へ国内留学、基礎研究分野の経験を経て大学病院や地方病院に勤務。その後、遺伝子研究の本場・カナダオンタリオ州立ガンセンターで遺伝子生物学に関する基礎研究に従事。帰国後、那須中央病院の内科部長を経て、宇部内科小児科医院副院長に就任。その後3年間、千代田漢方クリニック院長を兼任。

以来16年余り漢方治療を導入。2010年から現職。2015年に総合内科専門医を取得。総合臨床医として様々な症例に携わるとともに、臨床で培った経験や医療情報の中から選りすぐったアドバイスを行うダイエット法には定評がある。

著書に『糖尿病は炭水化物コントロールでよくなる』(2022年6月刊行、合同フォレスト)がある。

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