シャイで自信なさげな少年が、のちのプロ野球選手に
選手を指導していて喜びを感じることは何かと聞かれれば、「成長していくプロセスを見守り続けること」だと思っています。高校生というのは子どもから大人に変わっていく時期で、肉体面、メンタル面、技術面といずれも大きく成長していくときと言っても過言ではありません。
私の教え子のなかで、高校時代に最も成長したなと今振り返っても思うのは、85年春に入学してきた芝草宇宙(後に日本ハム、ソフトバンクなど。現・帝京長岡監督)でした。彼とは入学前からお父さんと一緒に三者で会っていたのですが、当時は人の目を見て話すこともできず、どこか自信なさげな表情をしていたのが印象的でした。
私は彼と話したときに、「この子は一人っ子だな」と直感的にピンときました。一人っ子の場合、どうしてもお父さん、お母さんから甘やかされて育ってきてしまう。結果、わがままになってしまい、何をしても叱られない。「人の目を見て話す」ことができずに咎(とが)められるような経験も、皆無であることが多いのです。
私ははっきりと彼のお父さんに、「申し訳ないですが、ウチでは難しいですよ」とお伝えしました。当時の帝京は私が監督に就任した当初と比べ、比較的いい選手が集まり出していました。負けん気の強い、勝気な子も多く、兄弟喧嘩で人間的に揉まれていない芝草の場合、いざ入部したとしても相当苦労するのではないかと危惧していたのです。
ところが、彼のお父さんは、「親元からではなく、祖父母を学校近くに住まわせて、そこから通わせます」と言うではありませんか。そこまで言うのなら、ということで彼は入学してきたのですが、たしかに彼の投げるボールの質はいい。うまく鍛えれば見どころのある投手かもしれない――。そんな期待を抱かせた一方、体の線が細く、普段から食事をあまり多く摂ろうとしないのです。
「コーラをがぶ飲み」「ご飯1膳」のみ…の“超”偏食
あるとき、彼のおばあさんに「家で食事をきちんと食べていますか?」と聞くと、「実は帰宅するとコーラをがぶ飲みして、ご飯はお茶碗1杯分しか食べないんです」と言うのです。せっかくの素質のある選手なのに、このままでは試合になるとどこかでスタミナ切れを起こしてしまう。そう危惧した私は、芝草に「食トレ」、つまり、食事を通して馬力のある肉体作りをしようと思い立ったのです。