「価値」が伝わり「価格」が消滅した瞬間
するとこの話は、ここから、彼が思ってもみなかった展開を見せる。
依頼人とメールや電話でやり取りし続けるうち、娘さんや娘婿さんも話に加わってきたのだが、娘さんらは墓じまいの相談を受けていなかったことが発覚したのだ。
娘さんは、両親の故郷のお墓や親戚との関係は残したいと思っていることがわかった。またお寺も、檀家として残ってもらえるならと、どうしても来られないときは掃除などのフォローを約束。同社もお墓参り代行や、Zoomなどを利用しての「オンラインお墓参り」などの有料サポートを提案。さらに地元の親戚にもお墓を守る協力をしてもらえることになった。
と、ここまで話が進むと、「墓じまいしなければならない理由」がなくなった。
すると今度は、せっかく残すのなら、「納骨前にリフォームしようか?」という方向で話が弾み、進んでいき、ついには新しいお墓を建てることとなったのだった。
手放そうと思っていたものを、300万円かけて新しく買い直すという大転換。これはもう、「高い・安い」の問題ではない。
そもそも手放そうと思っていたものである以上、その人にとっては保持する「価値」のないものだった。あえて価格で表せば「0」だ。それが「300万円」になる。ここにあって「価格」は完全に消滅しているのである。
この結果を生んだカギはなんだろうか。
宝木氏はそれを、「必要性を説く」「できないことでなく、できることを、一緒に考えていく」などいくつか挙げていたが、そのどれもが必要なことだろう。
ただ、加えて私が重要だと感じるのは、彼が「新しいお墓を売ろう」としなかったことだ。彼はただ真摯に、そして全力で、お客さんにとってのお墓の「価値」を説いた。
なぜなら彼は心からそう思っているからだ。そして、そのためにやれることをすべてやった。それこそがこの大転換の一番のカギである。
その後、めでたくこのお墓の序幕・開眼供養式が行われた。故郷の実家に、久しぶりにご夫婦と両方の娘さん夫婦、お孫さんたちも泊まられ、幸せな時間を過ごされた。その実家も残すことにし、お墓参りの際に旅行気分で泊まる家族の別荘として使うことになったとのことだ。
小阪 裕司
オラクルひと・しくみ研究所
代表