(※写真はイメージです/PIXTA)

環境的要因と遺伝的要因から最適な治療を導き、医療の質を向上させる新たな概念である「ペイシェント・ベイスド・メディスン(PBM)」は、従来の標準化された治療方針では見落とされてしまう、遺伝情報や患者個々の出身地や生活歴などの背景を考慮した治療を行うものです。東大病院に勤務後、現在は宮崎県で年間10万人を超す外来患者が殺到する眼科病院の理事を務める眼科医・宮田和典氏が、次世代医療の要と成り得る「ペイシェント・ベイスド・メディスン(PBM)」について詳しく解説します。

既成概念にとらわれない、PBMの視点があったからこそ気づけた事実

宮崎県は環境的要因から感染症や翼状片が多いこと、そして、日本人は遺伝的要因から眼の形が異なるということ。これらの事実はすべて、患者から導き出されたエビデンスを基にして考え出したものであり、ペイシェント・ベイスド・メディスン(下記、PBM)の視点があったからこそ発見できたことばかりです。

 

PBMの視点をもつということは、言い換えれば既成概念を打ち破るということです。

 

既成概念にとらわれずに患者の問題点に向き合ってきた結果、私たちは眼内レンズと眼精疲労に関する新たな発見をすることができました。

白内障手術後には眼精疲労が起こらない?

眼精疲労とは、簡単に言うと眼の疲れです。スマートフォンやパソコンなどを長時間使うライフスタイルが定着した現代では、多くの人が眼精疲労を感じています。

 

私たちが物を見るときには、水晶体の上下についている毛様体という筋肉が緊張(収縮)したり緩んだり(弛緩)することで、水晶体の厚みを調節して、ピントを合わせています[図表1]

 

[図表1]毛様体

 

ところが長時間、パソコンやスマホの画面など近くの物ばかりを見ているときには、毛様体は絶えず緊張を強いられることになります。その状態が続くと、一種の筋肉疲労を起こしてしまうのです。

 

毛様体の過緊張、これが眼精疲労の正体です。

 

ところが白内障の手術をした場合、もともとあった水晶体がなくなりますから、その厚みを調節する毛様体は働く必要がありません。厚みの変わらない眼内レンズに置き換わった白内障手術後には、毛様体の過緊張による眼精疲労は起こらないというのが、眼科医の既成概念でした。

 

一方、ドライアイなどによっても、眼精疲労に似た症状が出ることは知られていましたので、白内障手術後に見られる眼精疲労に似た症状はそのためだろうと考えられていました。

白内障手術後にめまいや頭痛が起こるも主治医からは「気のせい」

私たちが白内障の手術の後に眼精疲労が起こることに気づいたのは、一人の患者がきっかけでした。

 

その患者は、地域のクリニックで白内障の手術を受けた40代の男性でした。せっかく白内障の手術を受けたものの、視力が十分に回復しませんでした。しかも、視力が回復しないだけではなく、手術をした後から頭痛やめまい、吐き気などの不快な症状に悩まされていたのです。

 

その患者が、手術を受けたクリニックの医師に不調を伝えたところ、返ってきた答えは「気にし過ぎ」「どこも悪いところはない」「何が気になるのか分からない」という冷たいものでした。

 

自分自身ではたびたび頭痛やめまいに悩まされているのに、どこの病院へ行ってもどこも悪いところはないと言われてしまい、私の病院を訪れたのです。さらにこの患者の職業は大工であったため、視力が回復しない状態では仕事にならず、ほとんどノイローゼ状態に陥っていました。

 

そこで、その患者を診察したところ、右眼には二つの焦点を持つ多焦点レンズ、左眼には焦点が一つだけの単焦点レンズと、異なるタイプのレンズが入っていることが分かりました。

次ページ再手術後、レンズを交換していない瞳の視力も回復

※ 本連載は、宮田和典氏の著書『診断治療の質を上げる ペイシェント・ベイスド・メディスン』(幻冬舎メディアコンサルティング)から一部を抜粋し、再構成したものです

診断治療の質を上げる ペイシェント・ベイスド・メディスン

診断治療の質を上げる ペイシェント・ベイスド・メディスン

宮田 和典

幻冬舎メディアコンサルティング

患者の出身地や食生活によって、かかりやすい病気、重症度が変わる――。 環境的要因と遺伝的要因から最適な治療を導く。医療の質を向上させる新たな概念「PBM」とは? 1990年代にカナダで提唱された「エビデンス・ベイスド…

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