民族遺伝子のルーツによって眼の形は異なる
毎日、多くの患者を診察していて、また一つ気がついたことがありました。それは、東京の患者と比較して、この地方(宮崎県)には狭隅角の患者が多いことです。
ペイシェント・ベイスド・メディスン(以下、PBM)に影響を与える大きな要因のもう一つは、遺伝学的な要因です。
日本人は単一民族と言われますが、遺伝学的にはいくつかの民族集団に分けて考えることができます。
どのように分けるかについては諸説ありますが、ここでは北海道を中心に居住してきた人々である「アイヌ民族」、本州を中心に居住してきた「本土日本人」、沖縄県を中心に居住してきた「琉球民族」の3つの民族集団で考えていきます[図表1]。なお、南九州は地理的にも、遺伝学的にも琉球民族に含まれると考えられます。
同じ日本人ではありますが、遺伝子レベルで見ると違いがあるわけです。実は、眼科的な視点からみても、眼の形が異なることが分かっています。正確に言えば、眼の中の隅角(ぐうかく)と呼ばれる部分の形が民族によって異なることが分かっているのです。
隅角とは、角膜と虹彩の根元が交わる部分のことです。ここには眼の中を満たす房水(ぼうすい)と呼ばれる水の出口であるシュレム管が存在しています[図表2]。この房水が循環することで、眼内にほぼ一定の圧力(眼圧)が発生し、眼球の形状を保っています。
これまでの研究結果から、この隅角の角度が平均よりも狭い、狭隅角の人の割合が民族ごとに異なることが分かっています。
眼科領域において、これらの民族的な違いを明らかにした研究として、非常に有名な2つの疫学的調査があります。疫学的調査とは、人間集団を対象に、病気の頻度や分布、またそれらに影響を与えている要因などについて科学的に調べた調査のことです。
日本で初めて行われた緑内障の疫学的調査
1つ目は、2000~2001年にかけて、日本で初めて行われた緑内障の疫学的調査です。正式名称は「日本緑内障学会多治見緑内障疫学調査」、通称「多治見スタディ」として知られています。
多治見スタディは、40歳以上の住民を対象に緑内障の有病率(病気の人の割合)を国際的に認知されているレベルで、科学的(疫学的、緑内障学的)に算出した日本で初めての報告です。
緑内障とは、眼から入ってきた情報を脳に伝達する視神経に異常が起きて、眼で見た情報がうまく脳に伝わらなくなり、視野(見える範囲)が狭くなる病気です。房水の流出が妨げられて眼圧が上がることが原因で起こり、線維柱帯とシュレム管の目詰まりによるもの(開放隅角緑内障)と、隅角が狭く(狭隅角)シュレム管をふさいでいるもの(原発閉塞隅角緑内障)があります[図表3]。
通常、眼圧を下げることで病気の進行を遅らせることができます。
40歳以上の20人に1人、60歳以上の10人に1人は緑内障になっているともいわれていて、日本人が失明する原因の第1位にもなっています。この調査は、日本緑内障学会と岐阜県多治見市が中心となり、日本眼科学会や日本眼科医会、日本失明予防協会などが協力して行われた、非常に有名な研究です。