プラザ合意の会場となった米ニューヨークのプラザホテル。(※写真はイメージです/PIXTA)

財務省事務次官の「矢野論文」が話題になりました。これはいい機会で、財政再建と経済再生のどちらを優先すべきか、政官財学、メディアの各界は大いに論争し、最適解をめざせばいいと思います。日本経済の分岐点に幾度も立ち会った経済記者が著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

財政再建と経済再生のどちらを優先?

■渦中の次官寄稿は好機になる?

 

財務省の矢野康治事務次官が『月刊 文藝春秋』2021年11月号への寄稿で、政界が「バラマキ合戦」を演じていると断じ、「タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなもの」と、財政破綻を警告しました。

 

本連載をここまでお読みになった読者には理解していただけると思いますが、これはいい機会です。この際、財政再建と経済再生のどちらを優先すべきか、政官財学、メディアの各界は大いに論争し、最適解をめざせばいいと思います。

 

私は財政論で矢野さんとは対極の立場ですが、「矢野さん、よくぞ言った」と評価したい。なぜでしょうか?

 

財務省の高官たちはこれまで、政治家、財界要人、学者・エコノミスト、さらに言論界に水面下で工作し、相手を財務省寄りにマインドコントロールしてきたと言っていいと思います。それによって彼らが矢面に立つことなく、マインドコントロールを施した人たちに経済政策を導かせてきました。

 

しかし、国家経済と国民生活の命運にかかわる重大な政策形成が不透明では困るのです。

 

先述しましたが、財務省は一般会計と特別会計、合わせてGDPの5割前後相当の資金を取り仕切っています。政治家は選挙区での各種事業への予算獲得に汲々とし、財界は法人税減税を訴え、大学は研究予算の査定を気にし、一部の学者は「財政均衡化」を唱えては経済関連の諮問委員の座を狙います。

 

多くの記者は財務官僚のブリーフィングなしには複雑な財政記事を書けません。

 

つまり財務省の意向に逆らうのは難しいのです。

 

ここまでデフレ下の消費税増税に反対してきたことに触れてきましたが、私は何度も産経新聞社に訪ねてきた財務省高官と対話しました。新聞が消費税の軽減税率適用を受けられるかどうかは、新聞社経営上の重大懸案ですが、産経では自由に書くべきことを書かせてもらっています。言論を曲げることはメディアの死を意味するからです。

 

橋本龍太郎政権が1997年度に踏み切った消費税増税と緊縮財政以来、日本が慢性デフレに陥り、年平均の経済成長率は0%前後という恐るべき長期停滞を続けてきました。そればかりか、財政収支も悪化の一途をたどってきました。

 

私はその事実を同省高官にデータで示すのですが、彼らは反論もコメントもしません。かわりに、「社会保障財源確保のためには消費税増税が必要です。ご理解のほどを」と繰り返すばかりです。

 

毎度のことながら、日本の「ザ・ベスト・アンド・ブライテスト(最良にして最も聡明)であるはずのエリートがこんなざまではと、暗然とさせられたものです。

 

その点矢野さんは違います。政権や与党の怒りを買えば、自身の地位を危うくするかもしれないのに、昂然と財務省論理を展開しました。いわゆるリフレ派の論客たちによる批判の嵐にも立ち向かう姿勢を示しました。

 

その動機は恐らく、先輩、同僚たちの政治への忖度に対する怒りでしょう。例の森友学園問題では公文書を改竄し、その場限りで済む大型補正予算など「バラマキ」要求には唯々諾々と従う。矢野さんはこれらについて同寄稿で〈血税で禄を食む身としては血税ドロボウだ。〉と自らを責めています。

 

その公僕精神やよし!

 

でも、真に恥ずべきは歴代政権を誘導した均衡財政主義が不毛な結果しか生まなかったという、重大な誤りではないでしょうか?

 

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    本連載は田村秀男氏の著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)の一部を抜粋し、再編集したものです。

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