ドルの流入が止まると中国は崩壊する
■「準ドル本位制度」中国の宿命
もともと人民元は使い勝手が悪いのです。中国当局による資本流出入制限と金融市場の規制のために、人民元は資産としての運用手段が限られます。しかも、中国の通貨金融制度は外貨準備を基本にしているので、当局は人民元をドルなど外貨に交換したがりません。
ロシアの金融機関は人民元をドルかユーロに転換したいのですが、西側の金融機関からは対露制裁を理由に拒絶されるでしょう。仕方なく人民元を手元にもち、その資金を対中輸入決済に充当します。
これでは人民元決済はロシアの中国向け人民元建て輸出の範囲内に限られます。しかも、中国とロシアの銀行対外資産の通貨別シェアを見ると、ロシアに比べ、中国のドル資産比率は大幅に高い。ドル依存度ではかなり異なるのです。
中国の銀行の対外資産の約7割がドル建てです。そのため、中国のドル取引が全面的に禁じられると、たちまち信用不安に陥るでしょう。習近平政権にはもちろん、そんな銀行界の懸念が伝わっています。習政権はCIPSの対露協力については固く口を閉ざしていますが、習近平にはプーチンとの盟約があります。それを考慮すれば、CIPSサービスの提供は水面下で広がるでしょう。
中国の国有商業銀行筋からワシントンに対し、「『対露制裁の抜け道は提供しない』とのメッセージを送っている」との情報もあります。CIPSは当座の抜け道としては極めて細いでしょう。それと引き換えに、二次制裁を食らうのは割に合わない。
だからこそ、実利重視の中国共産党の長老や党幹部たちは、対露金融支援に慎重で、一枚岩のはずの党中央政治局には動揺が生じるのです。
銀聯カードは党が支配する第一級の国有企業ですが、顧客からの西側とロシアをつなぐ取引要請には応じないように、と銀聯海外法人は本国から指令されているとも聞きます。まさに米国による二次制裁を警戒しているからですが、バイデン政権にその気なしと見ればただちに自粛をとりやめるでしょう。
ロシアに対する西側世界の金融面での強硬姿勢は、習近平政権の対台湾併合政策にとっての圧力となります。一党独裁主義の習氏が民主主義の台湾に対し軍事侵攻すれば、ロシアのウクライナ侵攻と同じように米国を中心とする西側民主主義陣営が結束して対露並みの厳しい金融制裁を求める声が湧きあがります。だから習近平は自制するはずだとの期待が岸田文雄政権内部では多いのです。
たしかに、中国がドルを完全に入手できなくなった場合、中国経済は現在のロシア以上の打撃を受け、最悪の場合、崩壊に追い込まれる可能性もあります。中国の通貨・金融制度は中国人民銀行が流入するドルをほぼ全面的に吸いあげ、その外貨に応じて人民元資金を発行します。これはロシアをふくむ世界の主要国にはない準ドル本位制度です。
ドルに依存している中国特有の経済金融体制からして、中国の脱ドルは一朝一夕にはいきません。習政権はドルに頼っていては世界覇権を握れないから、人民元の国際化に躍起になっていますが、人民元による国際資金取引シェアはいまだに数パーセントにすぎません。ドルの流入が断たれると財政・金融ばかりでなく、モノの生産、流通、消費、投資のすべてが麻痺してしまいます。