(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

酒屋を継いだ婿養子

このままでは、妻の亡くなった両親やこの家を出ていった義理の姉妹たちに申し訳が立たない。私はずっとそう思っていました─。

 

六〇年以上も昔、一五歳の私はこの土地で代々酒屋を営む加藤酒店の手伝いをするようになりました。加藤家の子どもは四姉妹で、男手が必要だったのです。毎日店に通い、仕事も覚えた私は、やがてこの家の次女・和美と結ばれ、婿養子となりました。

 

私が家に入ると、遠慮をしたのか長女と三女が未婚のまま、すぐに家を出て行きました。そして、数年後、四女も結婚して家を出たのです。加藤の両親が亡くなったとき、店や土地は妻の和美が相続し、それからずっと二人で店を切り盛りしてきました。

 

しかし、うちには子どもがいません。

 

私が先に死ぬのなら何の問題もないのですが、もし妻が先立つようなことがあれば、この家の財産の多くを私が相続することになります。そして、私が死ねば、その財産は私の兄弟たちのもとへ流れるのです。それでいいはずがありません。

 

この家の財産は、加藤家の人間たちに相続されるべきなのです。

 

四姉妹は仲がよく、家を出たといっても皆近所に住んでいました。若い頃はことあるごとに実家に集まり、持ち寄った料理で酒盛りをしていました。酒屋の娘だけあって、皆、酒に強く、私と四女の夫は隅の方で小さく飲んでいるか、二人して散歩に出かけていました。最近は集まる回数も減り、年のせいか、酒盛りもすぐにお開きになります。

「やめてよ、縁起悪い」

久しぶりに四姉妹が集まったとき、酒盛りの席で提案してみました。

 

「そろそろ、俺たちが死んだあとのこの家のこと、考えたほうがいいんじゃないか」

 

四女が「やめてよ、縁起悪い」と茶化しましたが、皆、心のどこかには引っかかっていたのでしょう。すぐに「どうするのがいいのかねぇ」と、酒を(すす)りながら話し始めました。

 

長女も三女も、一度も結婚することなく、独身のままです。四女は結婚して、二人の息子を育て上げていました。

 

「この人、(たく)ちゃんに継いでもらったらどうかって言うのよ」

 

和美が私をちらっと見てから言いました。和美には事前にお姉さんたちにそう提案するよう話しておいたのです。

 

拓也(たくや)は四女の二男で、私にとっては義理の甥にあたります。今年で二七歳になるはずです。将太(しょうた)と拓也。四女の二人の子どもを子どものいない義理の姉妹たちは我が子のように可愛がっていました。おむつ替えや一緒に風呂に入るのも当たり前で、奪い合うようにおんぶや抱っこをしていたものです。入学式や運動会にも皆で参加しました。

 

私にとってもかわいい甥っ子ではあるのですが、二人には父親がいるのだし、何より四姉妹に遠慮して、思い切り可愛がることは出来なかったのです。二人が育っていくのを見ながら、「息子がほしい」などと思ったものでした。

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    本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

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