母の遺言書の準備
七五歳を過ぎた母が遺言書を準備していることは前々から知っていました。うちに残されている財産は土地だけなので、母にもしものことがあったとき、私と二人の妹たちが揉めることがないようにと準備をしてくれていたのだと思います。
あるとき、母から遺言書の話を聞いた私は、その遺言書を見せてもらいました。そこには残された土地を陽子、久美子、智子、三人の姉妹で均等に分けるように記載されていました。
「お母さん、こんなことって出来るものなの? 土地を売って現金にでもしない限り、等分なんてできないんじゃない?」
私はそれを軽い気持ちで言っただけだったのですが、真剣に悩んだお母さんは相続コンサルタントの先生に相談していたのです。
「家族会議を開きませんか?」
私がお母さんのところに顔を出したとき、ちょうど来ていた相続コンサルタントの先生からそう提案されました。少し驚きましたが、母が書き換えた遺言書の内容を相続人みんながわかっておいたほうが、後々揉めにくいという話を聞いて、「そういうものか」と納得したのです。
私は次女の久美ちゃんと、三女の智ちゃんに連絡を取りました。智ちゃんは「わかった」と言ってくれたのですが、久美ちゃんからは、どこか投げやりな反抗的な返事が返ってきました。
「もう中身は決まってるんでしょ? だったらみんなで勝手にやったらいいよ」
三人姉妹の仲は良いのですが、昔から久美ちゃんだけが何をするにも、少し脇にそれた道を歩いていたような印象があります。私と智ちゃんは何でも無難に過ごしたいほうなのですが、久美ちゃんだけは、いつも人と違うことをしようとしていました。
「やはり全員揃えるのは難しい」
そう伝えると、相続コンサルタントの先生は自ら久美ちゃんに連絡を取ってくれました。
「遺言書の内容ではなく、お母さんの気持ちを知るためにみんなで集まるんですよ」
先生はそう言って久美ちゃんを説得してくれたそうですが、久美ちゃんは久美ちゃんで「私はみんなより早く嫁いでいるから、お母さんとの関係もみんなより薄いんだ」と恨み言のようなことを言って、渋っていたそうです。
それでもなんとか、三姉妹で母を囲む家族会議を開くことができました。