(※写真はイメージです/PIXTA)

相続放棄したからといって、その後すぐ相続財産と無関係になれるわけではありません。佐伯知哉氏(司法書士法人さえき事務所 所長)が、相続放棄後の「管理責任」について解説します。

相続放棄後も残る「管理責任」に要注意

今回は、不動産を相続放棄した後の管理責任についてお話しします。これは相続放棄をされる方によく質問されたり、こちらからもアドバイスとしてお伝えしたりしている内容です。

 

まず、相続放棄とは何かを簡単に説明しましょう。相続放棄とは、被相続人(=亡くなった方)のプラスの財産やマイナスの財産を一切相続しなくてよくなる裁判所上の手続きです。

 

たとえば数億円もの多額の借金がある方が亡くなった場合に、「あなたは相続人だから」と有無を言わさず相続させられて、人生が台無しになってしまったら気の毒ですよね。そのような相続人を救済するという意味もあって、この相続放棄という手続きをすることができます。

 

相続放棄をすると、借金などのマイナスの財産を相続しなくてよくなる代わりに、不動産などのプラスの財産も相続できません。遺産のいいとこ取りはできないということですね。相続財産を一切相続せず、要は相続人からドロップアウトする形になります。

 

ただし、相続放棄した財産の中に不動産などがあった場合は要注意です。相続放棄したからといって「後のことは知りません」は通用しません。

 

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【民法940条1項】

相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。

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相続放棄をすると、別の方が次の相続人となります。その方に引き継ぐまでの間は、その相続財産を自分の財産だと思って管理を継続することが義務付けられています。

管理責任とは?何をしなければならないのか

では、管理責任とは何なのでしょうか? どのような管理を続ける責任があるのでしょうか。

 

まず管理責任とは、他の相続人や第三者に対して負うものです。

 

<他の相続人に対する管理責任>

子どもが相続放棄をした場合、次に相続人となるのは、被相続人の親(子どもからみて祖父母)、もし被相続人の親が亡くなっていれば、被相続人の兄弟姉妹です。この次順位の人々に引き継ぐまでの間に、最低限のこととして、子どもは相続財産の価値を目減りさせないようにすることが求められます。

 

一例を挙げます。たとえば子どもが相続放棄した財産の中に「家」があった場合、あまりにも放置されたのでボロボロになり、資産価値がグンと下がることになったとしましょう。本来その家を相続したかった人がいた場合、その人が相続人になった時点で資産価値が減っていれば、子どもに賠償責任が生じる可能性があります。これが他の相続人に対する管理責任です。

 

<第三者に対する管理責任>

たとえば被相続人の家を相続したときに、放置して家がボロボロになって倒壊したり、ブロック塀が倒れて歩行者がケガをしてしまったとしましょう。

 

先述の通り、相続放棄したとしても、次の相続人に引き継ぐまでは管理責任が残ります。その間に上記のような事故が起こったら、損害賠償責任を負う可能性が生じます。

 

空き家問題が深刻化する中では、自治体が民法940条1項を基に相続放棄者へ管理責任を追及するケースもあるようです。

 

ただし、国は次のような通達を出しています。

 

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【国が出した通達】

相続放棄者は相続財産である空き家を管理する義務を負うが、この義務は後に相続にとなる者等に対する義務であり、地域住民などの第三者に対する義務ではないとされている。

 

※国土交通省住宅局 住宅総合整備課 平成27年12月25日『「空家等対策の推進に関する特別措置法」に関する御質問について』(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001486650.pdf)

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前述の通り、管理責任を怠った結果誰かにケガを負わせたなどであれば、そこに対する責任が生じる可能性はあります。ただし国の通達によると、行政から積極的に空き家をどうにかするよう言われたからといって、それに対応することまではしなくてよいということです。

管理責任を免れるには?

繰り返しますが、相続放棄をしても、管理責任は残ります。では、管理責任から免れるにはどうすればよいのでしょうか?

 

①他の相続人へ引き継ぐ

相続放棄をすれば、次順位の人が相続人になります。その人に引き継いでしまえば、管理責任を免れることができます。先ほど紹介した民法940条1項の中にも記載されていましたね。

 

他の相続人に引き継ぐというのは、とてもわかりやすい方法です。ただし、そもそも相続放棄が起きるのは、「誰も相続したくない場合」が多いことに要注意です。

 

“いい財産”であれば基本的にみんな相続します。相続放棄に至るのは、借金が多かったり、価値がなかったり、管理が大変な不動産があるなどのパターンがほとんどです。

 

子どもが相続放棄をすると、被相続人の親が次順位の相続人となりますが、大概はすでに亡くなっているので、さらに次の被相続人の兄弟姉妹へと相続権が移っていきます。しかしみんな相続放棄してしまい、相続人がいなくなるパターンがよくあるのです。

 

相続人全員がいなくなった場合、管理責任はどうなるのでしょうか?

 

②相続人がいなかったら「相続財産管理人の選任申し立て」が必要

法的にしっかりと対処するのであれば、裁判所に相続財産管理人の選任申し立てをしなくてはいけません。最後に相続放棄をした人は、裁判所が選任した相続財産管理人へと相続財産を引き継いで初めて管理責任から解放されます。

 

ただ、ここで問題となるのが「お金」です。

 

相続財産管理人に選任されるのは大抵弁護士などです。弁護士の方は当然仕事として引き受けるわけですから、弁護士の方への報酬がかかってきます。報酬額などは裁判所が決定しますが、その報酬額はどこから出てくるのか。

 

実は相続財産管理人の選任申し立てをする人は、申立時、裁判所へ財産管理人の報酬に当てる予納金を渡しています。この金額が侮れません。最低でも数十万円、百万円くらいかかることもあります。

 

相続人全員が相続放棄してしまった後に管理責任から免れるために相続財産管理人をつけてもらうための手続きを踏む人は、相続放棄するだけよりもはるかにお金がかかります。

 

相続人全員が相続放棄した後に、相続人財産管理人を選任するまでを1セットで進めるとかなりの金額になります。とはいえ、やはりそうしないと管理責任を免れることができません。

相続放棄をしたら、次の相続人に「通知」すべし

ちなみに、子どもが相続放棄して相続権が被相続人の親や兄弟姉妹へと流れていくまでの間、管理責任はどんな順番で流れていくのでしょうか。

 

民法第940条1項の条文通りに解釈すれば、「次の相続人に引き継ぐまで」管理責任を負うことになります。相続放棄をしたら、次の人へとちゃんと通知しないと管理責任が引き継がれず、自分のところに留まることになってしまいます。

 

いずれにせよ、全員が相続放棄してしまった後には、相続財産管理人に引き継がない限りは誰かのところに管理責任がずっと残ってしまうという点には要注意です。

 

相続放棄をする場合は、「みんな相続放棄をしたくないケース」がほとんどです。全員が相続放棄する可能性を考慮して、相続権を放棄しても管理責任は残るということや、残った管理責任から免れるには相続財産管理人の選任を申し立てるまでしなければならないことを頭に入れておきましょう。ここまでを考えた上で、相続放棄するかしないかを判断することが重要です。

ただし、2023年からは改正法がスタート

2023年に相続法が改正される予定ですが、その中で相続財産の管理責任に関する条文も変わります。本稿の最後に改正後の条文を取り上げて、どんな点が変わるのかを簡単に確認しましょう。

 

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【改正 民法940条1項】

相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。

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注目してほしいのは、「現に占有している場合には」という文言です。財産=家だとすると、簡単に言うと「その家に住んでいるか否か」という話です。住んでいない限りは、その家を相続放棄したとしても管理責任は残らないことになります。

 

たとえば親と同居している子ども・Aさんと、同居していない子ども・Bさんがいたとします。親が亡くなり、Aさん・Bさんの両方が相続放棄した場合には、Aさんは親と同居していたわけですから、相続放棄をした時点で家を占有していたことになります。Bさんは同居していないため、占有していませんでした。よって、相続放棄後もAさんには管理責任が残ります。

 

改正で追加された内容の中でも、この「占有の有無」が特に注目すべきところだと思います。占有していなければ相続放棄したとしても管理責任は残らないということですが、ただ、誰も占有していなかった場合にはどうなるのかなどの問題も出てきます。

 

実際に改正された後に、専門家から色々な意見が出されつつ、どのように運用していくのかという実務的な部分に注目したいと思います。

 

【動画/相続放棄をしても遺産管理の責任が残る?】

 

 

佐伯 知哉

司法書士法人さえき事務所 所長

 

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