インフレ+スタグフレーションを見越した対策が必須に
米国ではインフレが収束しない一方で、短期金利と長期金利の逆転現象(逆イールド)が起きており、景気の後退が予想されています。
大和証券の谷栄一郎氏は、「債券市場の動きは物価の高止まりを想定したインフレトレードから景気後退も同時に生じる『スタグフレーション』を見込んだ取引に移りつつある」と述べています※1。
※1 日本経済新聞 2022年11月22日朝刊
スタグフレーションとは、不況にもかかわらず、世の中のモノやサービスの価格が全体的に継続して上昇することです。通常、不況時は需要が落ち込むことからデフレとなりますが、原油など原材料価格の高騰などにより、不況にもかかわらず物価が上昇することがあり、こうした状態が「スタグフレーション」です。わが国でも1970年代のオイルショック後に発生し、1980年代初めまで続きました。
また、日本銀行が2%のインフレ目標を維持する限りマイルドなインフレは続くので、恒久的なインフレへの備えが必要となります。
こうした状況を踏まえた資産運用を検討します。
運用期間5年以上なら「株式+債券」が選択肢
まず、通常の経済状態ではインフレ率より短期金利の方が高いので、そうした状況になれば1年物の定期預金金利はインフレ率より高くなることが考えられ、インフレから防衛するためにだけであれば銀行預金でよいと思います。
しかし、そうでない場合、金利が景気対策で低く誘導されている場合は物価上昇率と概ね連動する物価連動国債ファンドへの投資があります。ただ、この投資信託は金利が上昇すると他の債券投資のファンドと同じく価格が下落します。この先、物価上昇を抑えるために日本銀行は金融引き締め政策に転換し、金利が上昇する可能性は高いと思います。そのため、金利上昇に備えて物価連動国債ファンドと共に変動金利型個人向け国債への分散投資が必要です。
しかし、運用期間が5年以上であればより高い収益性を求めて株式と債券に分散投資を行う運用とすべきではないかと思います。
債券でリスクの低減を図る「バランスファンド」
中央大学の國枝繁樹教授によると、米国では確定拠出型企業年金を定めた内国歳入法第401k条項において、安全資産のみならず、適度のリスク資産も加えた健全な分散投資を行うバランス型ファンドを運用内容のデフォルト(初期設定)として設定した場合、株価が大幅に下落すれば運用資産に損失が生じることもありえます。
この時、企業側に損失を発生させた責任が発生するとすれば、企業はそのリスクをおそれ、バランス型ファンドをデフォルトに設定しなくなる可能性があります。そこで、2006年金保護法において、401k条項のデフォルトにバランス型ファンド等を設定して損失が生じても企業に責任が生じないことを明文化し、企業の懸念を排除しています※2。
※2 國枝繁樹「第7章 行動経済学と金融税制」『金融税制と租税体系』(2022年11月24日入手)
訴訟の多い米国ならではのことのようにも見えますが、こうした米国の状況を参考にして長期の資産運用においては株式の収益性を追求しつつ、債券でリスクの低減を図るバランスファンドでの資産運用を基本としてはと考えます。
一般的にバランスファンドの標準偏差は10%程度です(モーニングスター社のバランス型バランスのカテゴリー平均[過去10年]は10.22%、2022年11月27日現在)。標準偏差とは平均値からの散らばり具合を表す指標の一つであり、この場合、1年間に10%を超える値下がりは確率で約16%程度ということになります。平たく言えば、1年間で十中八九、10%を超える値下がりはないということです。
人間の「損失回避バイアス」を考慮した設計の商品も
しかし、この運用方法でも最初の5年間は元本割れが起きやすく、途中で運用をやめてしまう人が多いとされています。そこで参考としたいのが、英国の中小企業向けの確定拠出型のNEST(国家雇用貯蓄信託)が、運用の開始当初5年ほどは導入期(Foundation Phase)として30歳までの7、8年間の運用のリスクを抑えていることです。
大和総研の佐川あぐり研究員と土屋貴裕研究員によると、NESTでは運用商品を選択しない加入者に対するデフォルト商品として、ターゲット・イヤー・ファンド(65 歳退職を想定したリタイアメント・デート・ファンド)が設定されています。このファンドは積立開始当初の数年間はリスクを抑えた設計となっています。一般的なライフサイクル仮説※3に基づけば、年齢が若いうちは株式などのリスク資産の構成比を高め、年代が進むにつれリスク資産の構成比を低めて債券などの安全資産の構成比を高めていくのが合理的です。
※3 年期から壮年期にかけては所得以下に消費して将来のために貯蓄し、老年期に所得が低下するとそれを消費して生活水準を維持するという消費理論。
しかし、行動経済学では、人間は利益と損失では同じ額であっても損失の方をより大きく感じる傾向(損失回避バイアス)があり、また、損の記憶が鮮明であると、その後の投資判断に影響を与える傾向(固着性ヒューリスティックバイアス)も指摘されています。そこで、運用開始当初はリターンが小さくてもリスクを抑え、継続的に資産を積み上げていくことを重視した設計になっています※4。こうして損失発生の頻度を抑えて損を感じる回数を減らし、それによるバイアスのある行動が起きることを減らそうとしているわけです。
※4 佐川あぐり・土屋 貴裕「老後所得の確保につながる行動経済学の応用~私的年金拡充に向けて~」老後所得の確保につながる行動経済学の応用(2022年11月24日入手)
この手法を取り入れ、債券が占める割合が多いタイプで、債券重視型、安定成長型などと呼ばれるタイプのバランスファンドで運用を開始してはいかがでしょうか。モーニングスター社のバランス型安定成長のカテゴリー平均[過去10年]の標準偏差は、7.63%と先述の標準的なファンドに比べてリスクが約24%小さくなっています(2022年11月27日入手)。先述の英国のNESTでも導入期は短期証券を20%程度組み入れてリスクを低減させています。
5年以上の運用期間の場合、こうして行動経済学の知見を取り入れて資産運用に取り組むことにより、懸念されるインフレ期待の固定化が起こってスタグフレーションが長期化した場合にも対処できるのではないでしょうか。
参考文献
年金シニアプラン総合研究機構「海外確定拠出年金の資産運用に関する調査研究(2022年11月27日入手)
三井住友DSアセットマネジメント「わかりやすい用語集」『スタグフレーション(すたぐふれーしょん)』(2022年11月22日入手)
※ 本連載の内容は筆者の個人的な見解を示したものであり、筆者が所属する機関、組織、グループ等の意見を反映したものではありません。本連載の情報を利用した結果による損害、損失についても、筆者ならびに本連載制作関係者は一切の責任を負いません。投資の判断はご自身の責任でお願いいたします。
藤波 大三郎
中央大学商学部 兼任講師