長期金利の水準=短期金利の数値+約1~2%
最近、金利の上昇についての話題が多くなりました。長期金利の1%の上昇は、期間10年の国債の価格を約10%下落させるので資産運用には大きな影響があります。こうした点から長期金利の変動の仕方と将来の金利水準について検討します。
まず、現在の長期金利の妥当な水準について、野口悠紀雄一橋大学名誉教授によると、2013年初め頃の長期金利は日本が0.7%程度で米国が2.6%程度でした。米国のいまの長期金利は3.8%程度です。仮に日米金利の比率が13年と変わらないとすれば、いまの日本の長期金利は1.2%ということになります。これはいまの日本の政策金利の-0.1%に1.3%加算した値に相当します。
一般的に長期金利の水準については短期金利の数値に約1~2%を加算した水準と考えられることが多いと思われます。これは過去の長期のデータからいわれることが多いのですが、10年単位の長期的な運用における予想値であり、短期的には経済の状況、市場の状況に応じて変動します。
「利子率は、特定期間流動性を手放すことへの報酬」
長期金利が短期金利に一定の値を加算した水準になる理由は、長期金利が適用される金融商品に投資をおこなうと満期まで長期間その資金が使えないわけですから、その分、短期金利より高い金利を払わないと、人はそうした金融商品を購入しません。その上乗せの部分は「流動性プレミアム」と呼ばれています。この「流動性」とは現金への交換のしやすさを指しています。また、「プレミアム」は報酬の意味です。これは裏返せば現金または現金同様の金融資産への人々の志向が背景にあるということです。
こうした現金を手放すことへの報酬について20世紀の経済学者であるケインズは、「利子率は、特定期間流動性を手放すことに対する報酬である」と述べています。そしてケインズは、「貨幣愛(love of money)」という言葉を好み、「現に貨幣を保有していることは、不安をやわらげる。貨幣を手放すために必要なプレミアムは、われわれの不安の程度を測る尺度である」としています。
この考え方では、将来の短期金利が横ばいで変化しなくても長期金利はそれよりいくらか高くなるということになります。更に債券市場の価格変動のリスクも考慮して長期金利が決まります。この価格変動リスクと先述の流動性プレミアムの合計を「タームプレミアム」と呼び、この値が先述の短期金利に上乗せする1~2%ということです。
ケインズのいう「貨幣愛」こそ、日本のデフレの原因!?
このケインズの「貨幣愛」がわが国のデフレの原因であるという意見もあります。故加藤寛慶応義塾大学名誉教授と元内閣審議官の加藤敏春氏は、2002年に、「現在日本経済がデフレに陥っている根本原因は、『不確実性』にある。土地、労働、資本という『本源的生産要素』が適切な売り先をみつけにくいために、将来収入に不安を抱く者は流動性の高い貨幣を保有しようとして、ケインズのいう『貨幣愛』が高まり需要の減退を招く」と述べています。
長期金利の変動の仕方については、有名な「期待理論」があります。例えば、景気がピークになると短期金利が長期金利に追いついて、場合によっては追い抜くという長短金利の逆転(逆イールド)があります。米国では昨年からこの状態が発生しています。わが国では、1990年代のバブル経済の崩壊期で発生しており、1990年12月の期間3ケ月の短期金融資産の金利は8.4%でしたが、期間10年の長期金利は6.9%でした。
これは、いまは景気がよく短期金利も高いのですが、これから景気の後退が予測され、短期金利も低下していくと考えられ、長期金利はそれに先駆けて低下するというものです。
なぜなら、将来の短期金利が下がるのであれば、いま、比較的金利の高い長期の債券で運用しておけば有利です。そのため多くの資金が短期運用から長期運用へとシフトし、短期債券の市場における売り手と長期債券の市場における買い手が増えるからです。
長期金利は、景気変動を先取りしながら変動する
この逆が景気の回復のときにも起こります。たとえいまの短期金利の水準は低くとも、将来、短期金利が上昇すると見込まれれば、投資家の誰もが長期の債券投資をやめて短期の資金運用に切り替えます。そうしなければ金利上昇で債券価格が下落することになり、いわゆるキャピタル・ロス(値下がり損)が生じるからであり、長期債券の投資家は長期債券を売却しようとします。すると長期の債券市場から資金が流出し、その分だけ長期金利は上昇してしまうのです。
こうして、長期金利は景気変動を先取りしながら変動しています。こうした考え方が「期待理論」と呼ばれるものです。長期金利は将来の短期金利の期待、予想に基づいて決まると考えるわけです。つまり、
短期金利の「将来」の上昇見込み→長期金利の「現在」の上昇
短期金利の「将来」の低下見込み→長期金利の「現在」の低下
となるといえます。
また、インフレの予想も長期金利の上昇の要因となります。インフレ予想が生じると資金の出し手は将来のインフレに負けたくないため、予想されるインフレ率を織り込んだ金利を資金の取り手に要求します。そのため金利の水準はインフレに先駆けて上がってしまいます。
長期金利・短期金利の差の推移から、景気動向を予想
長期金利の変動と将来の短期金利の変動の関係はかなりの確かさがあります。そのため、「期待理論」を利用すれば、長期金利と短期金利の差の推移を見ていれば景気の動向がある程度予測できます。実際、この景気変動の先取りの点に着目し、内閣府の景気動向指数の先行系列(景気変動に先行する指標)に長短金利差が採用されていたこともあります。
このようにして決まる長期金利の水準や変動の仕方を考えて、資産運用のリターンを予想されてはと思います。
なお、内閣府の試算(2022年7月)では長期金利は、2031年に0.8~2.8%となるのではないかとされています。しかし、この試算は2025年まで日本銀行の長期金利の誘導(イールド・カーブ・コントロール)が続くことを前提としています。日本銀行は、既に金融政策の修正に着手した可能性があり、実際には上振れすると思われます。
また、2031年の実質GDP成長率の試算は0.4~1.7%程度、インフレ率は0.6~2.0%と予想されています。しかし、今後予想される金利上昇に、わが国の企業が耐えられなければ景気は悪化し、経済成長率は予想より低めに推移すると思われることにも注意したいと思います。
参考文献
内閣府「中長期の経済財政に関する試算」2022年7月(2022年12月31日入手)
根井雅弘『今こそ読みたいケインズ』集英社、2022年
※ 本連載の内容は筆者の個人的な見解を示したものであり、筆者が所属する機関、組織、グループ等の意見を反映したものではありません。本連載の情報を利用した結果による損害、損失についても、筆者ならびに本連載制作関係者は一切の責任を負いません。投資の判断はご自身の責任でお願いいたします。
藤波 大三郎
中央大学商学部 兼任講師