日本銀行のインフレ目標値「2%」は国際標準だが…
日本銀行のインフレ目標の値である2%は米国、ユーロ圏等でも採用されている値であって国際標準といわれます。その理由としては消費者物価指数には測定誤差があり、上方バイアス(個別の価格の上昇幅を過剰に反映すること)があって、物価上昇の実情よりも上振れした値となっています。
上方バイアスの程度については、東京大学の渡辺務教授によると、この上方バイアスは一定ではなく、平均値は0.6%ですが、最大値3.8%から最小値-2%の間で変動しており、物価上昇率が0%に近いと測定誤差の影響が深刻です※1。
※1 渡辺努「消費者物価、過信は禁物」日経新聞(2022年11月20日入手)
公的年金の「マクロ経済スライド」が高齢者の負担に
わが国の公的年金制度は年金制度への政府の関与を縮小したスウェーデンをまねて、マクロ経済スライドという長期的に年金額を物価上昇に追いつかない目減りの方式を用いて、実質的に約2割程度削減する抑制策を実施しています。
これは基本的には消費者物価指数の上昇率に、公的年金全体の被保険者数の減少率(過去3年平均)に平均余命の伸びを勘案した一定率(0.3%)を加えた数値(平均0.9%程度を予定)を改定率から差し引く形で年金額を実質的に削減する制度です。
しかし、先述の上方バイアスがあることを考えると年率0.9%程度の削減があっても日々の生活には影響がないとも感じられそうですが、そうではありません。年金を受け取る高齢者世代の消費動向を考えるとそうはいえないのです。
京都大学の宇南山卓教授と立正大学の慶田昌之准教授によると、高齢者と若年層の消費行動の違いを考慮することで年齢ごとに直面する物価がどのように異なるかを検討したところ、高齢者と若年層では支出する財も異なり購入先も異なり、同一の消費行動をとるわけではないので、支出する財の違いを考慮すれば過去20年間の高齢者の直面する物価は平均的な消費者の直面する物価よりも1.5%程度高い率で上昇していました※2。
※2 宇南山卓・慶田昌之「高齢者世帯の消費行動と物価指数」(2022年11月16日入手)
また、野村アセットマネジメントによると、年代別に物価上昇率を構成する各項目の占める割合を見てみると、高齢者ほど食料、住居、光熱・水道の割合が高い傾向にあります。年代別の物価上昇率を推計すると60代以降で大きく上昇し、このため高齢者ほど物価上昇のインパクトが大きいと考えられます※3。
※3 野村アセットマネジメント「物価上昇の影響は高齢者ほど大きい」(2022年11月16日入手)
つまり、物価指数の上方バイアスの影響以上に高齢者の消費行動による影響が大きく、高齢者にはマクロ経済スライドの抑制効果は現実の負担となります。
約5年の長生きで「約1650万円の老後資金」が必要に!?
厚生労働省によると、基礎年金制度が施行された1986年には、65歳の女性の平均余命は18.94年、男性は15.52年でしたが、2020年では、女性が24.91年、男性が20.05年と約5年長くなりました※4。
※4 厚生労働省「第8 平均余命の伸長と年金」(2022年11月20日入手)
高齢期夫婦の年間の生活費を330万円とすると、約5年の長生きで約1650万円の老後資金の必要額が増えたことになります。
長期化する高齢期への備えとして、やはり、若いときからの資産形成、そして、更により長く働くことを組み合わせてゆくことが求められるといえるでしょう。
なお、大企業の元社員で確定給付型企業年金のある人も、それらには公的年金にあるインフレスライドのような準備がありません。そのため、ニッセイ基礎研究所によると、「物価が上昇する中で年金給付の受取額が相対的に目減りするならば、制度の存在意義を問われることになるのではないか。企業も受給者も物価上昇の経験が乏しく、変化の影響を慎重に見究めたい」とあります※5。
※5 ニッセイ基礎研究所「物価上昇と企業年金」(2022年11月20日入手)
今後もインフレは継続、老後資金の運用法は再検討を
日本銀行が2%のインフレ目標を維持する限りマイルドなインフレは続くので、インフレへの備えが必要となります。しかし、通常の経済状態ではインフレ率より短期金利の方が高いので、現在の大規模な金融緩和政策の終了後は1年物の定期預金金利はインフレ率より高くなることが考えられます。
したがって、老後資金をインフレから防衛するためにだけに運用するなら銀行預金でよいのですが、今後の公的年金、企業年金の目減りを考えると、老後資金の一部はバランスファンドのような投資信託での運用が必要になると思われます。
なお、現在のようなインフレでも金利が上昇しないときについては、本連載第1回「預貯金の目減りに歯止めをかけろ!金利上昇なきインフレに対抗する資産運用のスキーム」をご参照いただければ幸いです。
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藤波 大三郎
中央大学商学部 兼任講師